2019年08月07日

【2020年3月】北九州芸術劇場にて山海塾の公演。

北九州市芸術文化振興財団のサイトにて、令和元年度の事業概要が更新されました。2020年の3月に北九州芸術劇場で山海塾の公演が予定されています。よかった〜。今年の3月が『Arc〜薄明・薄暮』の世界初演だったので、次はレパートリーの中からの再演ということになりますね。何を上演してくれるのか、楽しみで仕方ないです〜♪ その頃の自分が何事もなく無事に見に行ける状態だといいんですけどね(苦笑)。
最近上演した演目を調べてみました。

2019年 『Arc〜薄明・薄暮』【世界初演】
2018年 『卵熱』【リ・クリエーション初演】
2017年 『とばり』
2016年 『金柑少年』
2015年 『めぐり』【世界初演】
2014年 『かげみ』
2013年 『うむすな』【日本初演】
2012年 『うつし』【日本初演】
2011年 『から・み』【日本初演】
2009年 『卵熱』
2008年 『とばり』【日本初演】
とまあ、こんな感じなんですが、今回は何になりますかね〜。
私的には、まだ見たことがない『ひびき』とか、久しぶりに『とき』なども見たいんですが、天児さんのソロをどうするかという問題があるので、上演のし易さでは『うつし』、『めぐり』などでしょうか。『うつし』はもともと天児さんは出演しないし、『めぐり』は蟬丸さんがソロを踊るヴァージョンで上演済みです。リ・クリエーションの『卵熱』と『金柑少年』は、比較的最近上演したばかりなんですよね〜。私は見たばかりでも全然構わないんだけど。『金柑少年』は長谷川さんが抜けて新しい配役になると思うので、それを見てみたいような、見てみたくないような、、、。現在既に天児さん不在で上演している作品なのか、新たなリ・クリエーションが創作されるのか、気になるところです。
しかし、来年5月のBBLのために節約しなきゃいけないのに、山海塾の大津と北九州も行こうとしてるなんて、大丈夫かしら、自分。山海塾の東京公演だってあるし。ん〜、、、。
あとは、東バの『ラ・シルフィード』と重ならないことを祈るばかりです。

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2019年05月06日

山海塾『Arc』アフタトーク【北九州】(2019.3.24)

3月の北九州芸術劇場での山海塾『Arc 薄明・薄暮』世界初演、2日目に開催されたアフタートークに参加してまいりました。聞き手は坪池栄子さん、話し手は吉川洋一郎さんと丸さんです。忘れないうちにまとめておこうと思います。

自分の走り書きを頼りに書いていますので、台詞などは正確なものではないです(中には正確に書き取ったものもあるけど)。こんなニュアンスの話という感じで読んでいただけたらと思います。

蟬丸さんが登場するまでは、坪池さんと吉川さんのお2人で進行します。
今回の舞台美術は、画家の中西夏之さんの「着陸と着水」シリーズのコンセプトから立ち上げたとのことで、まずはその辺りの話から。坪池さんによると、1995年の中西さんの集大成とも言える個展からの作品もあるとのこと。1995年の個展は、神奈川県立近代美術館で開催された「着陸と着水:舞台空間から絵画場へ 中西夏之展」のことだと思われます。舞台のサイズなどもあるので、全く同じものが使われていたという意味だったかどうかはわかりません。そこはやはり、コンセプトを借りた、という感じなのだと思います。
今回の作品を見ながら、中西さんの初期の作品「コンパクトオブジェ」のことを思ったという坪池さん。曰く、卵の中に世界が閉じ込められているような作品とのこと。例えば、国立国際美術館(大阪)所蔵の→これ などでしょうか。透明の卵形の球体の中に、様々なものが閉じ込められています。時間ごと閉じ込めたように感じるのは、懐中時計に影響されているだけかしら、、。今回の『Arc』を見て、天児さんが、これまで自分がやってきたことを客観視して作った感があるのでは?と思ったという坪池さん。作品を客観的に捉える視点と、世界を俯瞰するような中西さんのコンパクト・オブジェが重なったのかもしれません。

そして音楽の話へ。
全ての音楽をオリジナルで作成している山海塾。どういう音楽にするかということは、3ヵ月くらい前から天児さんと話し始めるとのこと。今回は景ごとに少しだけ音楽を解説してくれました。ただ、どこまで話すかということは、やはり天児さんに確認する部分もあるそうで、テーマにしろ意味にしろ、説明はせず見る側に委ねる天児さんですから、すべてを聞けないのは仕方ないな、と。
【1景】は加古隆さん。加古さんがピアノで作曲してきたものを、吉川さんがフルートなどにアレンジしていったとこのこと。
【2景】の音楽については、ドビュッシーの「ラ・メール(海)」のスコアの表紙に『富嶽三十六景〜神奈川沖浪裏』の浮世絵が使われているそうなんですが、その浮世絵と、ドビュッシーの「海」をイメージしてみようという話を、2か月前くらいに天児さんとされたとのこと。ドビュッシーの「海」のスコアの表紙に、あの有名な波の浮世絵が使われているなんて、お恥ずかしながら知りませんでした。
【4景】は、舞台装置の2つのアーク(弧)がちょうど交差するシーン。巨大な弓と弓をこすり合わせるようなイメージで、こすれ合う音で作りたいと思ったとのこと。
【5景】は、『かげみ』で使った音楽を再アレンジしたとのこと。なるほど〜。だからなんか聞いたことある感じだったんだな〜と。お客さんの中には、『かげみ』の音楽だとわかった方もいらっしゃいました。
【7景】。吉川さんと天児さんは一緒にお茶を飲んだりすることもあるそうで、その中で、プログレッシブ・ロックなどが再び脚光を浴び始めているという話になり、アナログシンセサイザーを使った曲を作ってみたとのことでした。

蟬丸さんも登場し、今回の舞台装置のコンセプトとなった、中西夏之さんのお話に。
蟬丸さんは、中西さんのアシスタントをしていたことがあるそう。中西さんのアトリエが稽古場の近くにあり、中西さんがアシスタントを欲しがっているから行ってこいと、天児さんに言われたとのこと。山海塾の舞台装置のために中西さんのもとを訪れるのは、もう少し後のことだそうです。アシスタントといっても、「中西さんの独り言に、私が相槌をうつ係なのかな〜」という感じだったという蟬丸さん(会場・笑)。
蟬丸さん曰く、中西さんはかなり神経質な人で、それは作品に関してだけでなく、食べるものや、人との関わりにもそういった面が見られたそうです。とはいえ、蜷川幸雄さんや寺山修司さんと同世代だったという中西さんも、当時は前衛芸術運動のトップランナーで、かなり破天荒な面もあったとのこと。とくに街中でのパフォーマンスなどは、そうだったらしい。因みに中西さんは、土方巽さんの舞台の仕事もしたことがあったそうです。

因みに、仲西さんの「着陸と着水」のコンセプトから立ち上げた今回の舞台装置がどういうものだったかというと、天児さんが北九州芸術劇場の情報誌「Q」の中で仰っていたのは、「二重の舞台」「二つの鏡」「二つの弧」という三つのダブルです。舞台上に敷かれていた2枚の四角い舞台は、少しずれていることで二重であることがわかります。その装置と実際の舞台の床。その「二重」の意味もあったのでしょうか。二つの鏡は、おそらく天井から吊るされていた三角形の鏡のことだと思われます。開演前、回転している二つの鏡が照明を反射して、舞台上を光の線がスーッと走るのが印象的でした。二つの弧は、舞台後方の上手・下手に設置された巨大な金属製の装置です。
2枚の四角い舞台がずれることによって、下の装置の角が三角形に出現するんですが、その部分に何やらモコモコと半円を伏せたような突起があります。あまりに滑らかなので硬質のものかと思ったら、いつもの白い砂が丁寧に丸く盛られていました。等間隔に盛られた砂の間に、これまた等間隔に小さな鉄球が置かれています。緊張感がありつつも、整然としていて心落ち着くような、不思議な光景です。

どういう意味があるかわからないけど、とても印象的な鉄球と砂。それは「これこれこうだから、こうなるんだ」という結果ではなく、「過程」が大事なんだと、蟬丸さん。確かに、人の手で静かに丁寧に進められる作業は、想像するだけでピンと張りつめた空気と静謐さが漂います。実際の作業はそれどころじゃなく大変かもしれないけど、、、。でも、「結果ではなく過程が大事」という蟬丸さんの言葉は、とても説得力がありました。
因みに、中西さんのコンセプトを忠実に再現してはいるが、鉄球の大きさなどは元の作品と同じにはできないので、変えているそう。確かに、美術館に展示するのと、舞台で見せるのとでは、まったく違いますものね。

天児さんが出演しない前提で作られた初めての作品だったわけですが、演出家がずっとお客さんの目線で見ることができるので、「単純に作品のクオリティが上がると思います」と蟬丸さん。「ここがこうだから、こうでなくてはならない」といったところが、イメージではなく、目で見たもので再構築ができる、と。今回、見終わった後に、すべての景が均等に印象的だったな〜と私が感じたのは、クオリティが上がったことと無関係ではないのかもしれません。

最後に、山海塾の舞台を映像で残すことについて。
15〜16年前に初めて、北九州での『とき』の舞台を撮影してもいいと天児さんからOKが出たんだそう。しかし、撮影したものを見た天児さんは「これは駄目だ。発売できないな」と。次の『かげみ』も試みるが、「駄目だな」と2連敗、、、。あのイマジカを連れてきて撮影しているのに許可が出ない。映像的に格好いい画(え)を撮ってしまうんだそうです。例えば指先とか。それだと、空間込みの意味合いが伝わらない、と天児さん。先ほどの指先にしても、天児さんが手を伸ばした先に円盤があるとしたら、その繋がりが大事なわけで、空間込みで伝わらないといけないんだ、と。
それを聞いてハッとしたというか。実際の舞台を見ている私は、空間込みで見ていただろうか、と。ちょっと考えされられるものがありました。
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2019年03月27日

山海塾<新作>『Arc 薄明・薄暮』世界初演を見てきました。


昨日、北九州から帰ってきました。23日(土)、24日(日)に北九州芸術劇場にて山海塾の新作『Arc 薄明・薄暮』の世界初演を見てまいりました。山海塾の新作が世界初演される際は、会場でパンフレットをもらうまでタイトルはわかりません。チラシには「クリエイション」とだけ書かれています。パリで世界初演を迎えると、日本で初演される際にはタイトルが判明しているんですが、前回の『めぐり』に続き北九州が世界初演だったので、今回もドキドキしながら初日の会場へと向かいました。そして、手渡されたパンフレットに目を落とすと、、、、。
『Arc』!!!
まさかのアルファベット表記に、平仮名3文字で予想していた私は、もう笑っちゃうくらい予想を外されました。これは予想できるわけがない。
正式な読み方は「アーク はくめい・はくぼ」とのこと。Arcは「弧」という意味です(調べた)。
最初から天児さんが踊らないことを前提に振り付けされた初めての作品だったわけですが、いつも通り素晴らしかったし、何か新しくもありました。今回、すべての景が均等に印象的だったことも、心に残りました。もしかして、天児さんが外からすべてを見ていることも関係しているのかな〜と思ったり。常に自分の中の疑問に耳を傾け、創作を続けてきた天児さん。その天児さんが出演していなくても、間違いなくその問いは作品の中に存在していたし、その上で新しい世界が広がっていたように感じました。天児さんの、自らの問いに耳を傾けるという創作姿勢が、変わらないどころか深まっていることに感動したし、またその世界を表現する舞踏手たちにも感動を覚えずにはいられませんでした。

次の日本公演は2020年。1月のびわ湖ホールの『Arc』、そして5月に『Arc』東京公演が予定されています。

公演が行われた北九州芸術劇場中劇場のロビーから、小倉城がよく見えます。

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2019年01月12日

山海塾<新作>のチケ取り。

3月の山海塾<新作>世界初演、北九州公演のチケットを取りました。今日の10時からチケットクラブQの先行予約でした。緊張した〜。山海塾のチケットを取るのが一番緊張するかも。無事にまあまあ好みの席を確保。さて♪ 遠征の計画をあれこれ立てなければ♪

新作ということで、タイトルは未定です。初日の会場でパンフレットをもらうまでわかりません。会場に入ってパンフレットに視線を落とす、あの一瞬の緊張感。世界で最初に新作を見るという喜びを再び味わえるのが楽しみでなりません。

先日届いた北九州芸術劇場の情報紙「Q」に掲載されていた天児さんのインタビューに、ちょこっとだけ新作のヒントがありました。今回は舞台美術が大きく違ってくるだろうとのこと。『縄文頌』と『おもて』の舞台でそのオブジェを使用した、画家の中西夏之さんのコンセプトを借りて美術を作ろうと思っているのだそうです。中西さんとは、天児さんが演出を手掛けたリヨン国立オペラ座のオペラ『三人姉妹』でも舞台美術をお願いした縁があるとのこと。今、天児さんの中に浮かんでいる言葉は「三つのダブル」。二重の舞台、二つの鏡、二つの弧。うほ〜♪ 楽しみすぎます〜♪

少し前に出演者の情報も更新されました。天児さんは出演されません、、、。蟬丸さんのお名前はありました。よかった〜。そして、高瀬誠さんという新しい舞踏手の方が。検索したら、蟬丸さんの黒藤院の公演にお名前がありました。どんな踊り手さんなのか気になります〜。
ポストパフォーマンストークの情報も更新されています。2日目の日曜日の終演後に開催。聞き手は坪池栄子さん、話し手は蟬丸さんと吉川洋一郎さんです。

■ 山海塾<新作>【北九州】

2019年
3月23日(土)18:00
3月24日(日)14:00 ☆ポストパフォーマンストークあり

演出・振付・デザイン:天児牛大
音楽:加古隆、YASーKAZ、吉川洋一郎
舞踏手:蟬丸、竹内晶、市原昭仁、松岡大、石井則仁、百木俊介、岩本大紀、高瀬誠

全席指定
一般:4,500円
ユース:2,500円(24歳以下)
高校生〔的〕チケット:1,500円

一般発売:1月20日(日)10:00

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2018年09月20日

山海塾<新作>世界初演の公演情報が出ました。【北九州】

北九州芸術劇場のHPに、山海塾の公演情報が出ました。来年3月に新作の世界初演があります。日程は→こちらでわかっていたんですが、開演時間と先行予約の日程がわかると助かります。遠征の予定も立てられるし、どこで何を食べようかな〜とう妄想もより楽しくなる♪ 先行予約の日のお休みも死守せねば。

とりあえず、演出・振付・デザインは天児さんですが、舞踏手に関してはまだ何も書かれていません。4月に同新作の上演が決定しているシャンゼリゼ劇場のサイトでは、舞踏手は蟬丸さん、岩下さん、竹内さん、市原さん、松岡さん、石井さん、百木さんの7人になっていて、天児さんは含まれていません。天児さんはもう、新作には出演しないかもしれないですね、、。それ以前の作品に関しても体調次第という感じなんでしょうか。もし天児さんが出演しないのであれば、天児さん不在の新作は初めてということになるでしょうか。『うつし』は過去の作品のオムニバスだし、『金柑少年』と『卵熱』はリ・クリエーションなので。どういう感じになるのか、ものすごく気になります。気になるけど、どういう形になっても楽しみです。

パリ公演は4月29日〜5月4日まで。シャンゼリゼ劇場にて。

■ 山海塾<新作>世界初演 【北九州】

2019年
3月23日(土)18:00
3月24日(日)14:00
会場:北九州芸術劇場 中劇場

全席指定
一般:4,500円
ユース(24歳以下):2,500円
高校生〔的〕チケット:1,500円

チケットクラブQ先行予約:2019年1月12日(土)10:00
一般発売:2019年1月20日(日)10:00

演出・振付・デザイン:天児牛大
音楽:加古隆、YAS−KAZ、吉川洋一郎

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2018年07月09日

山海塾<新作>パリ公演/シュレーター監督『舞台リハーサル』2回目。

2019年の山海塾<新作>パリ公演の情報が出たそうです(ツイッター情報)。ワールドプレミアとなる北九州芸術劇場の情報はまだ出ていません。前回も9月ごろに情報が出たので、またその頃かな〜と。日程だけでも知りたい、、、。パリ公演はシャンゼリゼ劇場にて、4月29日・30日、5月2日・3日・4日のようです。市立劇場はまだリニューアル工事中だと思われます。

振付は天児さんですが、舞踏手に天児さんの名前はないですね。そして長谷川さんの名前もありません。実は、9月のイタリア公演『めぐり』の舞踏手の中に長谷川さんの名前があったので喜んでいたんですが、後日見たら修正されていました、、。そうだよね、、、。イタリアの『めぐり』は天児さんを除いた8人で上演されるようです。岩本さんがin。ということは、新国のときのように蝉丸さんが天児さんのソロを踊るんでしょうか。8人揃えば、蝉丸さんはソロに専念できますよね。新国のときは次のソロのためにサーっとアンサンブルを抜けたりしていたので。実際にはどういう上演になるのか、とても気になります。

以前、何かのインタビューで天児さんが、舞踏手がやめる際には、1年前くらいに伝えてもらうというようなことを仰っていたと記憶しています。限られたメンバーで活動しているので、いきなり誰か欠けるのは厳しいですよね。その間、旧作には出演するけど、おそらく新作には出演しなくなるのだと思います。長谷川さんが『めぐり』に出なかったときから「これはヤバいかも、、、」とは思っていたんですが、やはり来るべき時が来たようです。山海塾に限らず、バレエだって、いつも「これが最後かもしれない」と覚悟していなければいけないのに、やめてしまってから覚悟が足りなかったと嘆く私は、本当に学習能力がないというか、進歩しない人間です、、、。
舞踏手の石井さんが、今度『金柑少年』の配置換えがあり、自分が「闇の手」のシーンを踊るのはこれが最後だと、先月の東京公演の際に仰っていたので(インスタで)、冒頭の「金柑少年」と逆さ吊りは石井さんになるのかな〜と。長谷川さんはもう、踊りはやらないんですかね、、。

本来なら今年の3月に発表されるはずだった新作が、来年の3月に変更になったわけですが、気になるのは世田谷パブリックシアターのラインナップです。新作の年に、新作と旧作を合わせて上演している世田パブさんは、今年はおそらく予定を変更して、『卵熱』と『金柑少年』を上演したと思われます。ということは、2019年度のラインナップに山海塾は入っていないと思うんですよね〜。後からでもラインナップに組み込む余地があるのか(主催じゃなくて提携公演だと思うけど)、そこまではしないのか、とっても気になります〜。

年内の予定が公式サイトに出ています。

『あわせ鏡のはざまで―うつし』
2018年9月1日(日)19:30 ファルツバウ劇場

『海の静寂 陸(オカ)の賑わい―めぐり』
2018年9月4日(日)20:30 ザンドナイ劇場


アテネ・フランセ文化センターで開催されていた「ファスビンダーとシュレーターがとらえた舞台芸術」にて、2回目の『舞台リハーサル』(ヴェルナー・シュレーター監督)を6月30日(土)に見てまいりました。東バの『白鳥』を上野で見た後、お茶の水へ。どうしてももう一度、あの天児さんを見ておきたかったんです。

初回(6月23日)の感想は→こちら

やっぱり素敵でした〜。少し記憶違いのところもありまして、初回の感想で書いた、豆太郎がモゾモゾしている場面はなくて、羽化(と私が勝手に呼んでいる)した後に大きく踊り出す前の、腰を落として左右にステップを踏む場面がアップで捉えられていました。そこがね〜、えらく格好いいんですよ〜。絶対に無理なのはわかってるけど、シュレーター監督が撮影した『金柑少年』全編を見てみたいです。というか、山海塾が持っている天児さんの『金柑少年』の映像(ナンシーじゃないかもしれないけど)、出してくれないですかね〜。私としては今の『金柑少年』の映像も出してほしいけど。

大野一雄さんが日本でインタビューに答えている中で、マリア・カラスについて、「マリア・カラスの中には物悲しい美しさが充満していると思う」と仰っていたのが印象的でした。

そして、エンドロールの最後の言葉、正確には「限りなき愛と敬意を込めてピナ・バウシュに捧ぐ」でした。「カフェ・ミュラー」の男女がギュッと抱き合ったところでエンドロールに入ります。この日、6月30日はピナ・バウシュの命日だったんですよね。あの終わり方にはちょっと込み上げるものがありました、、。
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2018年06月25日

ヴェルナー・シュレーター監督『舞台リハーサル』(1980)@アテネ・フランセ文化センター

アテネ・フランセ文化センターで開催されている「ファスビンダーとシュレーターがとらえた舞台芸術」にて、ヴェルナー・シュレータ監督の『舞台リハーサル』を見てきました。1980年のナンシー国際演劇祭のドキュメンタリーです。大野一雄さん、ピナ・バウシュ、山海塾の演劇祭での映像が見られるということで、出かけてまいりました。

1980年のナンシー国際演劇祭といえば、その年に渡仏した山海塾が『金柑少年』をヨーロッパ初演した演劇祭です。天児さんの『重力との対話』や吉川洋一郎さんの『オピネルと孔雀の日』でももちろん触れられていて、もう私としては「ぅえぇぇぇぇ!!! あの伝説のナンシー国際演劇祭の『金柑少年』の映像が見られるのぉぉぉぉ!?」と大興奮で出かけて行ったわけです。

作品は独特です〜。映画は全く詳しくないんですが、シュレーター監督は結構独特な映画を撮られているようで、このドキュメンタリーも独特でした〜。でも、嫌いじゃないというか、まったく馴染みのない世界観ではありませんでした。耽美とういか退廃的というか観念的というか。舞台映像を断片的に挟みながら、インタビューなども交え、まるでコラージュのように独自の視点で描かれています。そしてクローズアップが多い。インタビューの顔面アップはもちろん、舞台映像もクローズアップが多く、演者の呼吸を感じるような臨場感と、手触りを感じるような生きた映像にドキドキしました。背景が少ないということは、それだけ情報が少なくなり、自ずと思考は被写体の内面へと入り込むというか、監督の視線や思考の中に入り込んで見ているような感覚にもなりました。

始めに断っておきますと、舞台映像は断片的で短く、当時の上演をじっくり見られるわけではありません。インタビューや作品がコラージュのように組み立てられていきます。作品の音楽とは別の音楽が重ねられていたりもします。なので、そこを大いに期待して行くと、ちょっと違うかもしれません。ただ、少しでもいいから当時の舞台映像が見たい!とういのであれば、おすすめです。

とにかく『金柑少年』を踊る当時30歳の天児さんが美しかったです〜。しかも大画面で、クローズアップ。あの場面、あんな風に視線を動かしていたんだなぁとか、あのとき白目むいてるんだなぁなど、微細な視線の動きまで捉えていて、その狂気と色気を含んだ瞳に釘付けになりました。
孔雀を抱く天児さんが閉じていた瞳をゆっくりと開き、赤い輪のパネルの前で孔雀の首をクイっと傾けると、孔雀のほうへ視線を移動します。短いシーンながらその存在感は強烈です。今見てもあれだけ強烈なんだから、当時あの天児さんを見た海外の人たちにはもっと衝撃だったんじゃないだろうか、と。金柑少年が背中から倒れる場面、モグモグ→ニヤ〜っとする姿や、抱えていた孔雀を解き放つ瞬間、豆太郎が音楽に合わせ身体を揺らし、やがてズダンと落ちる場面、そして羽化する前のモゾモゾする様子(白塗りがボロボロ剥がれてたりします)。さらに豆太郎後のスカートを翻して踊る場面は圧巻。スカートの前がはだけていて、今よりも生足(ふんどし付近まで)が見える感じで踊っていたんだな〜と。天児さん以外では、「秘楽」の場面で互いの顔や身体に赤と青の色を塗り合う蟬丸さんと緒方さん。そして格闘する2人。同じく「秘楽」の場面で、何やら妖しく微笑む高田さん。滑川さんがあまり映らなかったな〜と。後姿は映ってたかな。あと、「闇の手」の場面も少し。
そして「金属性の飛鳥」の逆さ吊りの場面。まさかの股間のクローズアップから入りました(苦笑)。回転する天児さんの股間がクローズアップされます。そして、胸の前で手をクロスし、回転する顔のアップへ。天児さんが、うっすらと瞳を開けているのが印象的でした。しかも、現在よりも回転速度が速い気がしました。もうそれこそ高速でブンブン回ってる印象。もしかしたらアップで映しているからそう見えるだけかもしれないんですが、たぶん速かったと思うんですよね〜。できればカーテンコールを少しでも映してくれたら嬉しかったんですが、それはありませんでした。
『金柑少年』が上演される日の昼間に『処理場』というパフォーマンスを行ったらしいんですが、その映像も一瞬だけありました。ほら貝の横で仰向けでパフォーマンスをする天児さんが少しだけ映ります。

ピナ・バウシュは『カフェ・ミュラー』を上演。舞台の映像はそれほど多くないかも。抱き合う男女の身体をもう一人の男が動かして抱っこをさせる。男が立ち去ると、女性は男性の腕からズルっと落ち、また抱き合う。先ほどの男が戻ってきてまた抱きかかえさせるも、立ち去ると落ち、男が戻ってきて、、、というのを繰り返す。やがて男女は男がいなくても同じ動きを繰り返すという場面が何度か出てきました。確かに、2006年の日本公演で見たときも、あの場面は印象的でした。『カフェ・ミュラー』を舞台側から(向こうに観客が映っている)映した映像も印象的でした。他のアーティストの場面では、袖から映している映像もありました。
ピナが踊っているシーンは少なくて、それよりもピナの表情をアップで捉えた映像が多く使われていました。その美しさ、、、。ちょっと言葉では言い表せない美しさでした。今まで透明感という言葉を軽々しく使っていた自分を恥じましたよ、、。透明感という言葉では全然足りないくらい、本当に美しかったです。
エンドロールの最後に、「限りなき愛と尊敬とともにピナ・バウシュに捧ぐ」と出てきます。ちょっと正確ではないと思うんですが、大体こんな感じだったはず。そうなんです、当時シュレーター監督はこの映画をピナに捧げているんです。あの美しさは、それ故だったのかな〜と思ったりしました。シュレーター監督の瞳に映っていたピナを、私も垣間見たような気持ちになりました。

大野一雄さんの踊っている映像は比較的多かったかも。川縁などの野外で踊る様子や、舞台で踊る姿も捉えられています。自然の中で踊る姿も、舞台で踊る様子も、そして最後に黒いパンツ一枚で出てくる姿も、もうどれも感動的で、思わず涙がこぼれました。観客と思しき女性から受け取った花束を持って踊る姿も印象的。少しだけ、日本語でインタビューに答えるシーンがあります。野外に座ってインタビューに答えているんですが、あのインタビュアーがシュレーター監督なんだろうか? 因みに大野一雄さんは当時74歳。ということは、私が大野さんの舞台を見たときは90歳前後だったのかな? 実家に帰らないと自分が何年に見たのか正確にはわからないんですが、おそらくそれくらいじゃないかと。もっと見ておけばよかったと後悔してます。終演後のロビーで握手をしてもらったのは、忘れられない思い出です。

大野さん、ピナ、山海塾しかわからなかったので、他のアーティストも知っていれば、もっと楽しめたのかもしれません。でも、少しでも天児さんが踊る『金柑少年』を見たかった私としては、大満足でした。途中から空調が寒くて辛かったけど、、。上映会は今週の土曜日にもう一度あります。


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2018年06月11日

山海塾『金柑少年』(リ・クリエーション)6月5日・6日

山海塾『金柑少年』(リ・クリエーション)
2018年
6月5日(火)19:00
6月6日(水)19:00
世田谷パブリックシアター

演出・振付・デザイン:天児牛大
音楽制作:吉川洋一郎

演出助手:蟬丸

舞踏手:
竹内晶、市原昭仁、長谷川一浪、松岡大、石井則仁、百木俊介

山海塾『金柑少年』(リ・クリエーション)を見てまいりました。
初演は1978年。リ・クリエーションの初演が2005年。私は2009年のフェスティバル/トーキョーで初めて見ました。2016年に国内では久々に北九州芸術劇場で上演されましたが、私は見逃してます。

なんて言うんでしょう、こう心の奥がザワザワするような世界観に浸ってまいりました。『金柑少年』に限らず、山海塾の舞台はずっとその世界に浸っていたい気持ちになります。『金柑少年』は、近年の洗練された作品とは趣の異なる、時代の空気を感じるような作品だな、と。『卵熱』も最近の作品とは少し違う感じがあるんですが、『金柑少年』を見ると、『卵熱』は今の流れに近いというか、スタートのような気もします。
「洗練」に関して言えば、過去の蜷川幸雄さんとのアフタートークで、「洗練されていくことを拒絶する気持ちはないか?」という問いに、天児さんは「ないですね」ときっぱりと答えていて、それが無性に格好よかったんです。そして私は、何かこうストンと腑に落ちたというか、ああ、こだわる必要なんてないんだな、と。自分が今感じているものに正直になればいいんだなと思えたんです。。

天児さんは、即興性に関して否定しているとともに、一度発表した作品に手を加えることもないとも仰っていたと記憶しています。実際『卵熱』もソロを若手に託しただけで、初演の1986年に大谷石採掘場跡地での上演を収録したものと、素人目には何も変わっていないはず。細かなカウントとかは変わっているかもしれないけど。だから『金柑少年』も、私はリ・クリエーション以降しか見ていないけど、おそらく初演からほとんど変わっていないのではないか、と。時代の空気感まで真空にして閉じ込めたかのように色褪せないし、作品自体に強度があるから古臭くもならないのだと思います。

そして私は、そんな振付や設定の完全なる制御下で踊る舞踏手たちを見るのがとても好なんです。だからこそ個性が滲み出るし、同じに踊っても同じになるわけがなくて、そういう極めてストイックな状況に身を置いて、自分の内面に深く深く入り込むように、内なる自分の声に耳を傾けるように踊る彼らに魅了されているのだと思います。
白塗りも同じで、一旦は個性を消しているようでいて、かえって個性が見えてくるのが面白いです。人間の身体って、あんなにみんな違うんだなぁといつも思います。

少年の夢想を垣間見るような、あるいは少年の中に入り込むような感覚になる作品。脈絡のない、でも深層心理では繋がっているような、断片的な夢を見ているように場面が展開します。そこに潜む猥雑さやエロティシズム。そして変容から飛翔へ。天児さんの手を離れた『金柑少年』は、かえって少年の普遍性を手に入れるのかもしれないと思いました。

T.金柑少年   記憶の裏側へ
U.闇の手   微細な世界・犠儀
V.孔雀   この自然の虚飾
W.秘楽   伝承不能な調べ…都市の中の点
X.豆太郎   キシム笑い
Y.処理場U   限りなく遠のいてゆく捕獲の地
Z.金属性の飛鳥   海浜の涯て

T.金柑少年 記憶の裏側へ
冒頭の「金柑少年」は長谷川一郎さん。久しぶりに長谷川さんが見られて本当に嬉しい。やっぱり素敵でした〜。年齢不詳というか、相変わらず少年のようで、でも不思議な色気がある。犯し難い雰囲気があって、それが色気を感じさせるのかもしれません。あの少年性の孕む狂気に引き込まれます。
赤い円の描かれたアクリル板の向こうに立つ少年。直立したままゆらゆらと僅かに揺れています。口を開けて天を仰いだかと思うと、グッと顎を引き、直立したまま後方にズダーンと倒れる。ゴロゴロと舞台前面まで転がってくる。目を閉じたままの彼は、パクっと何かを食べるような仕草をしては、モグモグモグ、ニコ〜(♪)というのを繰り返します。人差し指で空を撫で、その指を舌で舐める。なんとも幸福そう。しかし、次第に大きくなる機械音と手回しサイレンの音の中、目を開けた彼は舞台に積まれた米をむんずと掴んでは口に運び、ブハーっと吐き出す。何かに駆られるように米を口に運んでは吐き出すのを繰り返します。手回しサイレンの音が怖いくらい大きく響き渡る。焦燥感と渇望感が空間をいっぱいに満たします。
世界が自分の中にあるときはあんなに幸福そうだったのに、世界が自分の外にもあると知った後は、満たされることのない渇望感が彼を襲うかのようでした。フェイドアウトの照明の中、少年は米を食べては吐き続けます。

U.闇の手 微細な世界・犠儀
上手の舞台手前の一角に4人の舞踏手(手前の向かって右が竹内さん、左が石井さん。奥の向かって右が市原さん、左が百木さんだと思います)。顔には紙をクシャっと丸めたようなお面をつけ、腰に巻いた長い布は、まるで動物(人間)の皮を剥いで裏返しにしたようにボコボコとしている。それはちょっと言い過ぎかもしれないけど、とにかく何かしらの「裏側」が表に出ているように思えて、私はとても好きな衣装です。この場面自体、格好よくて大好き。プリミティブな儀式のような音楽が大音量で鳴り響く中、市原さんが息で合図をするのが喉の動きでわかります。繊細な手の動きがピタリの合うのが気持ちいい。そして市原さん、いい身体すぎです。
こちらに背を向けて、舞台を対角線上に並ぶ4人。腕を前に隠していて、彫刻のよう。腰を振りながらスカート結び目をほどき、お尻が見えるくらいまで下げます。トランス状態に導くような音楽の中、揺れる4つのお尻。上手奥に4人が集まると、それに隠れるように、孔雀を抱いた舞踏手が登場します。

V.孔雀 この自然の虚飾
「孔雀」のソロは松岡さん。抜けるように明るい舞台。時おり遠くの空にズドン…という音が響きます。終盤には乾いた蝉の声。右手で首を、左手で足を持ち、孔雀を抱く舞踏手。真っ青な首と緑の飾り羽を持つ孔雀の美しいこと。孔雀を抱き、身体をピクピクと痙攣させる。言い難いエロティシズムと、舞踏手が肌に感じているであろう生き物の「生」がこちらにも伝わってきます。アクリル板のところまで歩いてきて、孔雀の首を避け、微笑みます。右手を離すと、孔雀はキョロキョロと首を動かし始めます。そして今度はバサッと自分の背中に孔雀を乗せる。初日は全然乗ってくれませんでしたが、2日目は一瞬だけ乗ってくれました。
孔雀の美しさに驚くと同時に、真っ白な舞踏手の美しさにも目を奪われます。極彩色の孔雀に対峙して負けない色は、「白」しかないのかもしれません。その美しさの対比と同時に、制御と解放の関係性も面白い。舞踏手の制御下にあり自由を奪われていた孔雀は、舞踏手から解放されると自由に歩き出します。反対に舞踏手は、孔雀がどんな動きをしようとも、振付の完全な制御下にある。もう本当、自然の美しさと、自由を手に入れた孔雀との闘いです。どちらが舞台を支配するかという闘いにも見える。そして同時に、見ている私も闘いを強いられます。上演中ずっと歩き回る孔雀に、舞台への集中力を奪われそうになる。最後まで容赦ない緊張感が続くことになります。

因みに今回の孔雀はとってもいい子でした。初日、舞踏手から解放された後は、少し歩いて舞台手前の下手寄りの位置にジッと立っていたかと思うと、足を畳んで落ち着いてしまいました。豆太郎に驚いて舞台の下に降りてきてからも、数歩だけ歩くとまた座り込んで最後までジッとしてました。か、可愛い、、、。2日目は早々に舞台の下に降り、その後は最後まで座らず、進んでは立ち止まり、また歩いては立ち止まりという感じでした。本当はずっと舞台上にいてほしいんじゃないかな〜と思うんですが、どうなんでしょう。まあ、予測不能で、思い通りにならないことに意味があるのかもしれません。

W.秘楽 伝承不能な調べ…都市の中の点
下手に二人(最初は石井さんと百木さん)、一歩踏み出しては状態をヌッと前に傾ける。そうしてアクリル板のところまで歩いてきます。どういう流れか忘れてしまったんですが、ひとつ前の「孔雀」を踊っていた松岡さんも登場。い、忙しいな、、、と。たぶん石井さんが上手に移動して、松岡さんが下手の袖から出てきて百木さんと合流したんじゃなかったかな〜。最終的には下手に松岡さんと百木さん。上手奥に長谷川さん、手前に石井さんという配置になります。仄青い照明の中、最初は楽し気に密やかに、ウットリと踊っていたのが、途中から下手の二人が取っ組み合いを始めます。逃げる相手の足を掴んで引き戻したり、柔道のように投げたりと、とにかくバッタバッタと本気で取っ組み合う二人。相変わらずウットリしている手前の石井さん。見えない相手に組し抱かれる長谷川さん。今度は長谷川さんと石井さんが取っ組み合いを始めたりという感じで進んでいくと、終盤、背景のパネル全体が左右に揺れ始めます。こちらの身体感覚が揺らぐような、不思議な感覚になります。
真ん中のパネルが前にめくれ上がると、隙間から豆太郎がひょこっと顔を出す。好奇心いっぱいの目で周囲を見渡します。豆太郎が登場すると、4人の舞踏手たちは退場(確か)。

X.豆太郎 キシム笑い
遠くにバグパイプのような調べ。豆太郎は市原さんです。パネルから姿を現した豆太郎は、しゃがんだ舞踏手が着物を着ているので、子どもの身体に大人の顔が乗っかったような異様な風体。そのアンバランスさが、変容を待つ少年の内面の違和感にも繋がるよう。ウヒヒヒと笑いながら舞台の全面まで歩いてくると、下手に向かって歩き出し、パネルの向こう側を通って、段差にぶつかる。下手の高台に登ろうとするも、足が届かない。後ろに下がり(舞台は後方に行くほど高く、スロープ状になっているので)、段差が小さくなったところでポンと上がります。終始ウヒヒヒと笑っている豆太郎は(声は出していません)、泣いているようにも、怒っているようにも見える瞬間があります。
段差の上を舞台全面まで歩いてきた豆太郎は、ドサッと下に落ちます。そこからの展開は圧巻。着物の中でモゾモゾと動く豆太郎。襟のところから手が出てきて、やがて小さな体には似つかわしくない屈強な肩が現れる。その何とも言えない違和感の美しさ。そしてクルっと身体を回転させ、まるで羽化するように着物から出てきます。コルセットに長いスカート姿の舞踏手が現れる。そのメタモルフォーゼから、スカートを翻して踊る様子の、美しさと力強さは息をのむほどに圧倒的です。特に2日目の市原さんはすさまじく格好よくて、勝手な想像ですが、最終日にすべて出し切ったな〜という印象でした。後方に下がったときも、結構思いっきりパネルにぶつかって、パネルがグラグラと揺れるほど。ああいう踊りを見ると、「踊る人」が本当に羨ましくなります。踊りで人の心を掴むって、どんな気持ちなんでしょう。
初日は、それまで舞台上にいた孔雀が、市原さんが最初にお米を蹴り散らしたところで驚いて舞台下へ。2日目は、既に孔雀は舞台の下。そのせいかどうかはわかりませんが、蹴り上げたお米は美しい放物線を描いて空間いっぱいに飛び散りました。もうそれだけで心鷲摑み。そして、舞台の一画に敷かれた紙をズサーっと破り、2日目は豆太郎の着物も舞台の下に落ち、お米は端から全部蹴り飛ばしていきました。あの、舞台装置を全部使い切り、なぎ倒して去っていく感じがいいんですよね〜。市原さんが上手の袖に飛び込んだところでカットアウト。

Y.処理場U 限りなく遠のいてゆく捕獲の地
エプロンのような衣装と、頭の鉢巻きに長い針金のようなものを差した3人が登場。上手から松岡さん、竹内さん、石井さん(だったはず)。ゆらゆらと身体を揺らし、クロスした腕をヒラヒラとなびかせ、魚が水面に顔を出すように、上を向いて「パッ」と口を開ける(本当に「パッ、パッ」と音がします)。鉢巻きから針金を抜き、床にブンっと投げる。しゃがんだ体勢からバタンと横向きに倒れては起き、倒れては起きを繰り返します。舞台中央に集まった3人の手に、照明がグッと絞られます。そして、クライマックスへ、、、。

Z.金属性の飛鳥 海浜の涯て
背景のパネルの中央の一枚が取り除かれています。逆二等辺三角形の先端に、丸い物体。三角形の先端に足首を固定した状態で、上体を持ち上げて身体を二つに折りたたんだ舞踏手が、ゆっくりと体を伸ばし逆さ吊りになります。やがて照明が明るくなる。パネルの隙間に出現する真っ青な空間と真オレンジの逆二等辺三角形、そして逆さに直立した白い舞踏手。それだけで、どうしてこんなに心打たれるんだろう、、、。
逆さに固定された舞踏手が動かすのは、肩、腕、手、指のみ。その繊細で美しい動きに思わず引き込まれます。やがて、まるで天を支えるかのように頭上に腕を伸ばすと、ゆっくりと回転を始めます。左右に二人ずつ、4人の舞踏手が登場(処理場Uの衣裳)。逆さに直立する舞踏手と4人の舞踏手が並ぶと、地平の感覚が揺らぎます。
一回転すると、伸ばしていた腕を胸の前でクロスし、以後はその態勢のまま。三角形と舞踏手の回転は、最初は本当にゆっくり、そして徐々に速度を増していきます。スッと瞳を閉じ、腕をクロスし、真っ青な空間に回転し続ける舞踏手。どうしてこんなに美しくて、こんなにドキドキ、ザワザワするんだろう、、、と。
スピートを速めたオレンジ色の三角形は照明を受け、回転毎に一瞬キラッと輝きます。それはまるでフラッシュのように、私の脳裏に目の前の光景が一瞬、一瞬焼きつけられるようでした。
回転したまま、フェイドアウト。遠くにズドーンという音が響いています。

逆さ吊りは長谷川さんでした。長谷川さんは本当に不思議な人だな〜と。白塗りをすると少年のようで、神秘的というか、聖性があるというか、拝みたくなるような、なんかもう見られるだけで幸せというか、まぁつまり、とても好きなんです〜。
照明がつくと、逆さ吊りから解放された長谷川さんは、三角形の下に片膝をつく姿勢でしゃがんでいます。そのままお辞儀をして一度暗転。やはり、すぐに立つのはよくないんでしょうか。次に照明がついた時には腰布を巻いてカーテンコールの列に加わります。初日は上手く腰布が巻けなくて、挨拶をしながら巻き直す場面も。それすらも神々しい、、、(もう重症)。二日目は暗転中にきちんと巻いて結び終わってました。ちょっと残念な自分は、本当にもう重症かと、、、。

『金柑少年』のカーテンコールでは、ソロを踊った3人(市原さん、長谷川さん、松岡さん)が、最初に一歩前に出てお辞儀をしました。続いて後の3人が一歩前に出てお辞儀。1回目のカーテンコールだけでしたが、珍しいな〜と。2009年のときもそうだったのかしら。お辞儀が終わると、一人ずつパネルの隙間に手を振りながら消えていきます。上手の舞踏手は下手に、下手の舞踏手は上手にという具合に、クロスして捌けていく。最後の舞踏手(確か百木さん)の姿が消え、腕だけがたゆたうように揺れ、やがて消えていきます。あれはたぶん、わざと少し腕を残してると思うんだけど、違うかな。その後は、いつものあの作品の一部のようなカーテンコールが続きました。

書きながら、何度か「遠くで」という表現をしている自分に気付きました。音楽は最初は小さく、徐々に大きくなっていく場面が多いんですが、それは「小さい」のではなく、「遠い」んです。遠くで鳴っているような、遠くから聞こえてくるような不思議な響きを持った音楽たちでした。


(石井さんがインスタグラムで、今回の公演を最後に卒業する先輩がいるので、今度配置換えがあるため、自分が「闇の手」を踊るのはこれが最後だと仰っているので、おそらく長谷川さんがやめられるんだろうな、と。新作の『めぐり』に出ない時点で「もしや、、、」と覚悟はしていたんですが…。軽く打ちのめされております、、、。)
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2018年06月06日

山海塾『卵熱』 6月1日〜6月3日

山海塾『卵を立てることからー卵熱』(リ・クリエーション)
2018年
6月1日(金)19:00
6月2日(土)15:00
6月3日(日)15:00
世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアターにて、山海塾『卵を立てることから―卵熱』(リ・クリエーション)を見てまいりました。日本国内では2009年12月のフェスティバル/トーキョーでの上演が最後だと思います。天児さんが踊ってきたソロを若手に託した、リ・クリエーション版の初演が今年の3月、北九州芸術劇場で初演されました。
天児さんは会場にいらっしゃってたようで、乗越たかおさんのツイートには、初日終演後のレセプションパーティーでのお姿も。お元気そうなお姿にホッとしました。ツイッターのほうで見かけた朝日新聞のインタビューによると、今後の出演は体調次第とのこと。来年3月には北九州芸術劇場で新作の世界初演が予定されています。天児さんの出演はわかりませんが、新作の実現に思わず期待が高まりました。

3月の北九州での初演も、独特の緊張感が漂う素晴らしい舞台でしたが、東京公演も3日間とも素晴らしかったです。というか、山海塾に限っては、散漫な舞台など見たことがないです。本当にプロフェッショナルな人たちだなぁと思います。『卵熱』は、舞台装置としての水や砂、音響効果としての釣鐘と角笛、そして舞踏手が発声するなど、細かな演出効果が多く、また展開もドラマチック。息をつく暇もない程の緊張感が漂います。静謐と躍動、緊迫と開放。すべてが高い緊張感で見る者を圧倒する舞台でした。釣鐘を合図に天井から落ちる一条の砂と水。絶え間なく音をさせながらも形を残さない水と、音もなく降り注ぎ、いつの間にか目に見える形となって堆積する砂。その対比が面白いです。生命の源としての水。砂はその逆でしょうか。消滅、崩壊、儚さの象徴なのかな、と。最後の景で、舞踏手がいなくなった後も降り続ける砂がとても印象的です。彼が存在した痕跡さえ、やがて砂が埋めて消えていくのだろうなと思うと、人間の儚さを感じずにはいられませんでした。

暗闇にボウっと浮かび上がる白い背中。腕と頭を隠し、屹立する卵のような背中から始まる幕開きがやはり印象的です。立ち上がると、腕のない彫刻のように美しい背中。そして、呼吸のような効果音に合わせて身体を波打たせると、背中の筋肉がメリメリメリっと動くの格好いんですよ〜。ゆっくり時間をかけて縁に上がると、右手に持っていたバチで4隅の釣り鐘を鳴らして戻ってきます。舞台装置の陰にスッとバチを置く所作まで美しい。
照明の反射によって背景の白い幕に映し出される水面。最初の一歩が水に触れると、綺麗な半円形を描きながら広がった波紋が、壁にぶつかって戻ってきた波紋とぶつかり、複雑な波紋を作り出します。山海塾はソロでのアンサンブルでも、いつも捌け際まで格好いいんですが、角笛を吹き終えた松岡さんが後方へ下がっていくと、背景に反射した波紋が松岡さんまで包み込むのが本当に格好よかったです。因みにここまで無音。3回目の角笛を吹き終えたところで音楽が始まり、客席の左右から2人ずつ舞踏手が登場します。階段を使って舞台上へ。釣鐘を鳴らす細いバチを耳にかけているのが、なんか好き。彼らの鳴らす釣鐘の音が徐々に大きくなり、ついに天井から一条の水と砂が落ちてきます。次の景の間ずっと、水の中に卵のように座っている4人。体が冷えてしまいそうで心配になります。あと、足、しびれないのかな。

上手に設置されたステージで、無音で始まるソロ。担当したのは石井さんです。無音の中、卵との対話のようなソロは、非常に緊張感があります。きっと、天児さんの真似である必要はないんですよね。でも、伝えるべきことは表現しなくてはいけない。おそらく大きなプレッシャーもあるのではないかと思うんですが、ソロを担当した松岡さんも石井さんも本当に素晴らしくて、純粋に格好よかったです。
片膝を立てて横たわり、目を閉じて踊る石井さんの美しいこと。生まれる前のまだ幸せな胎児のようでした。やがて立ち上がり、手首の内側をピタリと合わせたまま躍動的に踊る様子は、その自由さと不自由さのせめぎ合いが印象的。そして、動きが激しくなると、体に塗っているおしろいが黒い背景に白くモウモウと立ち昇るのがまた格好いいんです。

石井さんが退場すると、ずっと水の中にしゃがんでいた4人が動き始めます。よく足がしびれないな〜と。しびれてたりして。舞台が明るくなり、音楽も徐々に熱気を帯びていく中、一旦は降りていた背景の暗幕が少しずつ上がっていきます。真っ青な地平が出現し、ゆっくりと広がっていく(暗幕が上がっていく)様子は、何とも言えず格好いい(格好いいばっかりですみません)。そして4人の倒れっぷりが見事で、大好きな場面です。体を反転し、腕を水面にパシャンと落とし、立ち上がると、片足をスッと出したところで、プツンと糸が切れたように倒れる。始めは合図に従って同時に倒れていた4人が、次第にスピードを増すと各々で倒れるようになり、最後はもうバッシャン、バッシャン倒れまくります。おしろいも剥げてくる。水に濡れた衣装が身体に張り付いた姿は、菩薩立像のようでした。

上手のステージに置かれていた卵に、ついに松岡さんが手を触れ、持ち上げる瞬間、見ているこちらにも、ものすごい緊張が走ります。音楽も一気に緊張感を増す。天井から落ちる水に卵をかざす。最初は卵ではなく手の甲に水を当てています。音を立てて放射線状に飛び散る水が、照明の光を受けて輝きます。やがて手をどけると、卵の薄い殻に水が当たるビタビタビタっという音に変わる。高く掲げられた卵、響き渡る殻を打つ音、そして卵を中心に放射線状に広がる光。緊張感が最大限まで高まったところで、ついに卵が砕けます。その瞬間、力強い音楽とともに、4人の舞踏手が登場。水飛沫をバシャバシャとあげながら、歩き回ります。失われたものを探すかのように、彷徨う松岡さん。始まるということは、終わりが始まるということであって、抗いようのない恐怖を伴うものなのかもしれないと思いました。

バシャバシャと歩き回っていた4人が、こちらを向いて横に並んだ瞬間の格好よさ。そして奥からゆっくりと前進してきて、中央に集まって踊ります。ここの音楽が格好よくて、帰り道はこの場面の音楽が頭の中を流れていました。

砂の下に立つ竹内さん。竹内さんの動きによって、砂が生き物のようにうごめきます。4隅に舞踏手が登場し、釣鐘を打ち鳴らす。打ち終えた4人が奥に移動する際、わざわざ手前の舞踏手が奥の舞踏手の後ろを通って先に移動するんです。奥の舞踏手は一歩前進して、スペースを作ります。奥の舞踏手が先に移動したほうがスムーズなのに。でも、意図はわからないんだけど、その様式美というか、そこに何か私にはわからないルールが存在するのかと思うと、妙に格好いいと思ってしまうんですよね。

当たり前って言われそうなんですが、山海塾の舞踏手たちは、完全暗転するまで絶対に動かないんです。最終景で、横に並んだ4人の舞踏手が水の中を前進してきてポーズすると照明がカットアウトして、暗転中に元の位置まで戻るという動きを繰り返す場面があるんですが、カットアウトの照明が完全に消えきるまで絶対に動かない。白塗りで白い衣裳の彼らは、普通より残像もあるわけで、少しのタイミングのズレも許されないと思うんですが、いつ見ても完璧なんですよね。そういうストイックさとか隙のなさがとても好きです。

砂の上に事切れたように倒れた竹内さんを残し、4人の舞踏手は最初と同じように2人ずつ客席の脇に消えていきます。階段を降りるとき、水を含んで重くなった裾が、まるで生き物のように舞踏手の後をついていくのが印象的でした。
暗転後、再び照明が灯ると、竹内さんの姿は消えています。そこへ、変わらずサラサラ、サラサラと砂が落ちる様を見つめながら、やがて人が存在した痕跡さえも消してしまうのだろうなと思いました。

観客の拍手は3日目のカーテンコールが一番熱かったような気がします。その拍手に応えるように、市原さんがスッと胸に手を当てたのが印象的でした。カーテンコールで蟬丸さんと市原さんが小さく手を振ってくれるのを、何気に毎回楽しみにしているんですが、天児さん不在の『めぐり』(@新国)以降、やっていないような気がします。やはりあれは、天児さんが中央で大きく手を振ってこそなのかな、、。片方の腕を大きく上げ、観客の拍手に応える天児さんが見たいなぁと思ってしまいました。

それしても、『卵熱』に漂うあの切迫感は何なんだろう。卵が割れる一つのクライマックスに向かって高まっていく、見る側の私の中にも堆積する「何かが始まる!」という焦燥感と切迫感。そして、ようやく解放されたと思った瞬間に容赦なく始まる、終わりに向かう留めようのない流れに対する恐怖や焦躁。息を詰めて、ドキドキしながら見入るしかありませんでした。

演出・振付・デザイン:天児牛大
音楽:YASーKAZ、吉川洋一郎

演出助手:蟬丸

舞踏手:
竹内晶
市原昭仁
松岡大
石井則仁
百木俊介
岩本大紀
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2018年05月28日

山海塾、ポストトーク詳細決定。

山海塾の東京公演、もう今週末からなんですね〜。なんか、全然心の準備ができてない、、。最終日に開催されるポストパフォーマンストークの詳細が出ていました。聞き手は編集プロデューサーの坪池栄子さん、話し手は蟬丸さんと吉川洋一郎さんです。昨年の新国でのポストトークのお二人のお話はとても面白かったので、今回も楽しみです。
他の日のチケットの半券でも参加可能です(終演後の入場)。

山海塾 世田谷パブリックシアター公演 ポストパフォーマンストーク詳細

6月6日(水)『金柑少年』終演後
【聞き手】坪池栄子(編集プロデューサー)
【話し手】吉川洋一郎(作曲家)、蟬丸(山海塾舞踏手)

→ 山海塾
posted by uno at 21:53| Comment(0) | 山海塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする