2010年10月17日

オーストラリア・バレエ団『くるみ割り人形』初日&2日目

昨日と今日、オーストラリア・バレエ団の『くるみ割り人形』へ行ってまいりました。DVDで見て、楽しみにしていた作品です。今回の日本公演は、グレアム・マーフィー2本立て。気合入ってるな〜、と。『くるみ割り人形』も、『白鳥』と同様に大きく読み替えがなされた作品です。いや、もしかしたら『白鳥』以上かもしれません。そこには、一人の女性の人生を描くことによって、オーストラリアのバレエの歴史までもが描かれており、何よりバレエへの愛と人生への愛しさが溢れています。彼女のようにバレエを愛し、各地でバレエの礎の一端を担ったダンサーは、たくさんいたのかもしれないですね。見る側のバレエを愛する心をも揺さぶる、そんな作品です。そして何より、クララという一人の女性の人生が、なんとも愛しい。彼女の人生が愛しいということは、自分も含めてすべての人の人生は愛しいのだと思えてなりませんでした。
とはいえ、マーフィーの作品は、ただセンチメンタルで甘いだけではないと思うんです。非常に厳しさも持っているような気がします。そして、ドカッと根が据わっている。人生、甘かない。だからこそ愛しいのか、と思ったり。主演からコール・ドに至るまで、その身体的な要求も高い。物語に対する愛情と厳しさは、ダンサーへのそれと共通しているような気がします。各演目の初日だけ、カーテンコールに登場したマーフィー。なんか格好良いなぁと思ってしまった。


なんと言っても、年老いたクララを演じたマリリン・ジョーンズと、友人たちを演じたお爺ちゃんお婆ちゃんたちがすごくよかったです。この作品の見せ場は、1幕のささやかなクリスマス・パーティーの場面ではないかと思ってしまうほど。マリリン・ジョーンズは、オーストラリア・バレエ団でプリンシパルとして踊り、芸術監督も務めたこともある女性です。前回の日本公演で、『白鳥の湖』の王子を踊ったダミアン・ウェルチと、『眠り』の振付家であるスタントン・ウェルチのお母さんでもあります。因みに、ダミアン・ウェルチは引退したようですね、、。カンパニーに深い関わりのある彼女がクララを演じているというのがまたいいですよね。

開演の5分前に緞帳が上がります。紗幕の向こうに狭い路地とクララの部屋が見えます。日の当たる一角にだけ緑の芝が生えている路地。夏服を着た子どもたちが遊んでいます。子どもの甲高い声が耳につく、気だるい夏の午後。質素なワンピースを着たクララ−マリリン・ジョーンズが、買い物袋を下げて帰ってきます。思わず落とした包みを、スッと拾ってくれた少女。周りの少女たちと少し違う、その清楚で優しげな佇まいが印象的です。少女に見入るクララ。自分の少女時代を重ねたのでしょうか。思えば、年老いたクララの回想は、このときから始まっていたのかもしれません。
家に帰り、ラジオをつけると、『くるみ割り人形』の音楽が流れてきます。そのどこか懐かしい無機質な音に重なるように、オーケストラの演奏が入ってきます。幕開きが上手い。因みに、振付家は違いますが、スタントン・ウェルチの『眠り』も無音で始まる幕開きが面白かったんですよね。今これブームなのかな、と思ったり。衣裳ケースからチュチュを取り出し、愛しそうに抱きしめるクララ。その後ろのクローゼットには、2幕でバレリーナ時代のクララが楽屋で羽織るガウンが、何気にかけられています。テーブルの上の小さなクリスマスツリーに、かつて舞台で使用したアクセサリーを代用品にして飾るクララ。そのてっぺんには、帝室バレエ学校時代にもらったメダルを飾ります。メダルを掲げ、愛しそうにキスをするクララ。2幕では成人したクララ(ダン、ローリンズ)が同じようにメダルにキスをします。

クリスマス・イブには毎年、ロシア人の友人たちがクララの家を訪ねます。DVDで見ているときは、そこまではわかりませんでした。病のクララを、久しぶりに訪ねたんだと思ってた。このお爺ちゃんお婆ちゃんたちのクリスマス・パーティーが、なんとも楽しいんですよ〜。可笑しくて、やがて切ない。切ないけど、でもやっぱり楽しい。みんなお茶目で可愛いんですよね〜。2日目、おいさんが一人尻餅ついたけど、初日もついてたっけ? 本当に転んだんだったりして。
クララのかかりつけの医師がやってきます。スーツに眼鏡の真面目そうな青年。というか、なんともしがない。初日のロバート・カランが、妙にハマってたんですよ〜。あの、しがない感じがたまらなかった(褒めてます)。なんか、だんだんカランが好きになってきましたよ。クララと医師の間に築かれた信頼関係が、とても素敵です。クララは、この誠実で優しい若い医師に、少し心を預けている感じ。彼もまた、チャーミングで放っておけないところのあるクララを、心から気にかけてる。2日目のケヴィン・ジャクソンも、すごくよかった。長身でお顔も素敵なケヴィン・ジャクソンですが、スーツに眼鏡の医師姿は、どこかしがない。きっと、医師の仕事に心を捧げている彼は、仕事に没頭しているうちに婚期を逃してしまったに違いない。自分に心をときめかせている女性がいることにも気付かず、ふと周りを見渡したときには女性は誰も側にいなかった、みたいな。お婆さんたちが、「あら先生、よく見たら意外といい男ね〜」という。妄想入ってますが、、。

医師が持ってきた帝室バレエ時代のクララを写したフィルムを、シーツの簡易スクリーンに映して見る場面で、やがて映像は舞台全体に映し出されます。ネズミの兵隊たちが出てくる場面でも、ねずみのシルエットが装置をスクリーンにして映し出される(紗幕に映ってたのかな?)。DVDで見ているときは、あとから編集で被せたんだと思ってたんですが、実際に舞台に映し出されていたんですね〜。
ドロッセルマイヤーが人形劇を見せる場面の音楽で、医師が映写機を出します。そして、ムーア人の音楽で、クララが踊り始める。踊りつかれて、具合の悪くなってしまったクララ。医師が差し出した薬を、飲まずにソファーの隙間に隠してしまいます。そういうところが可愛いというか、純粋で子どもっぽいんですよね。みんなで楽しくしているときに、嫌だわ、薬なんて飲みたくないわ…という。そんな姿を皆に見せたくなかった…というクララの気持ちが切ない。
ベッド休むことにしたクララのもとへ、一人ずつ別れの挨拶をしに来ます。クララのベッドがある2階の装置が、想像以上に高くてビックリしました。これも映像ではわからなかったことの一つです。みんな泣くのを堪えながらクララのもとを後にします。もしかしたら、来年のこの日はないかもしれない…。みんなそう思ったのかもしれません。

寝付けないクララは幻覚を見ます。袖に赤い腕章をつけた軍服姿のねずみたちが部屋にやってくる。『くるみ』といえば、ねずみです(違うか、、、)。どんなネズミが出てくるか、初めてのバージョンはいつも楽しみにしている私。軍服姿とはいえ、ねずみたちがなんとも愛らしくて仕方なかったです(苦笑)。
壁の時計が12時を告げる。反転した壁の巨大なマトリョーシカから、少女時代のクララが現れます。少女がねずみにさらわれると、かつての恋人の幻想が現れる。帽子を目深にかぶって顔を隠した、この将校の分身役がちょっと素敵でした。2人は引き離され、そしてクララは幻覚の中で、恋人の死をもう一度見せられる、、、。どうしてあんな辛いことを思い出さなければないないの!という心の叫びが聞こえてくるようで辛い。それにしても、大量のねずみたちにあっちへこっちへと動き回されるマリリン・ジョーンズが大変そうでした。ねずみたちから逃げるようにして階段を駆け上がり、ベッドに潜り込んで頭から布団をかぶるクララ。異変に気が付いた医師が布団をどけると、バレリーナ役のクララ(ダン、ローリンズ)が登場するという仕掛けになっています。因みに、クララを寝かしつけた医師は、ベッドの傍らの椅子に騒動の間もずっと腰をかけて眠っています。

クララが医師の服を脱がせると、軍服姿のかつての恋人に変わります。続くパ・ド・ドゥはもちろん、くるみ割り人形から姿を変えた王子とクララのパ・ド・ドゥの音楽です。あの心震える場面は、ここでも同じ。バレエフェスでピクニックの場面を踊るのもいいけど、この場面を踊っても良かったんじゃないだろうかと、ふと思ったり。ちょっと短いのかな? いや、ピクニックのパ・ド・ドゥもすごく素敵なんですけどね。
パ・ド・ドゥが終わると雪の場面へ。この辺の流れは古典と同じ。登場した雪の精たちは頭にホワッホワの被り物。そういえば、『眠り』でも被り物が好きだな〜と思った覚えがある。頭のホワホワのせいか、元気で粉雪のような群舞でした。ズサァっと横倒れになる振りが面白い。爪先を揃えたまま膝を開いて、グニャっと倒れるのも面白かった。あと、「Choo Choo TRAIN」ね(笑)。縦一列に並んで、前から一人ずつタイミングをずらして回転する、あれです(正確には少し違ったけど、あんな感じのやつ)。正面から見たら綺麗だったけど、サイドからだと良さは半分も伝わらず…。

雪の精に混じって、冬の装いをした人たちが現れます。いや、正確には、街を歩く人たちの周りを雪が舞っているんだろうけど。少女時代のクララの姿も。冬のワンピースが可愛い。バレリーナ時代のクララと年老いたクララも現れます。彼女たちはネグリジェやノースリーブ姿。つまり、時代は少女時代で、彼女たちは幻想ということか。3人が重なる場面は、なんだか妙に感慨深いものがあります。母親が登場して、クララにトウシューズをプレゼントする。彼女のバレエ人生の始まりを告げる、すべての始まりのシーンです。

1幕で力尽きました。

明日も見に行くことにしました。夢だったマーフィー版。今度見る機会があるかどうかわからないので。えーい、行ってしまえ!、と。
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2010年10月14日

オーストラリア・バレエ団『白鳥の湖』2日目(10/10)

オーストラリア・バレエ団『白鳥の湖』2日目。いわゆるセカンドキャストのアダム・ブル、アンバー・スコット、ダニエル・ロウも、とってもよかったです。3人の見た目の麗しさは、2日目。193cmの長身、アダム・ブルは、スレンダーでどの衣装も似合う。プロローグの裸にサスペンダー姿に説得力があるわ〜(♪)。憂う表情も美しい。リフトやサポートは、カランの方が安定しているような気がしましたが、ブルも申し分ない。前回の公演のときも思ったんですが、ここの男性陣は複雑なリフトやサポートを本当に上手にこなすな〜、と。長身で、体格も比較的しっかりした男性が多いので、頼もしいです。そしてブルは、意外とオデットに優しかった気がする。そう見せかけているだけかもしれないけど、チャルダッシュのときもずっとオデットの肩に手を置いていて、オデットがその手を握っているという、一見すると仲睦まじい。というのも、オデットが王子に頼っているようなふしがあったんですよね。一人になるのが不安なように見えた。女王は冷たいし、男爵夫人の風当たりも冷たい。自分のことを少しでも知っている人間はいない。自分を裏切っているかもしれないとはいえ、王子しか頼る人間はいなかったんじゃないだろうか、と。もしかしたら、自分と結婚すれば夫人とは切れるかもしれない。そんな一縷の望みをまだ抱いていたのかもしれません。カランも表向きは仲睦まじく振舞ってはいるんだけど、どこか冷静で冷ややかな感じがします。それは、カランが若い王子には見えなかったせいで(ごめん…)、「大人」な空気が冷たさを助長していたのかも。イケメンは女の子に優しい。って、この辺まで来ると妄想が入っちゃってますけどね、、。相手が誰の男爵夫人かによっても、変わってくるのかもしれません。

オデットのアンバー・スコットは、スレンダーで透明感のあるダンサー。一見すると、繊細でか弱く見えるけど、実は非常な強さを秘めているように感じました。なんていうか、極限まで張り詰めた極薄の強化ガラス。脆く、すぐにでも割れてしまいそうだけど、その実なかなか硬くて簡単には割れない。それは彼女自身が自分を守る壁なので、そう簡単に割れては困るわけで。しかし、ついに割れたときには、非常に危険な破片となるような。スレンダーな彼女が軽々と身を翻して踊る1幕のソロは、とても痛々しかったです。
反対に、ダニエル・ロウの男爵夫人は、一見すると強さをまとっているけど、その実とても脆く、弱さを持った女性に思えました。3幕で、王子の関心を失ったとわかると、途端に脆く崩れ落ちてしまう。ロウの3幕のルースカヤは、嘆きのソロ。終盤には、口を横に大きく開けて、泣いているような表情をしていました。非常に美しいロウだけど、ダンに比べるとやはり空気が優しい。とても女性らしいな〜と思いながら見ていました。いや、ダンも女性なんだけど、それプラス、何か超越したものを持っているような気がする。ロウは、前回の『眠り』でリラの精を踊ったんですよね。

見た目の麗しさで言ったら2日目だけど、物語の濃さで言ったら断然初日のファーストキャストだったと思います。ダンもイーストーも、一言や二言では表せない深みがありました。例えば強さや弱さにしても、それらが分かち難く結びついてぐるぐると渦巻いている。一見強そうだけど弱いとか、一見こうだけどどうとか、簡単には説明ができないんです。2人ともすごかったなぁ、と。いや、2日目のキャストもすごくよかったんですけどね〜。
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2010年10月10日

オーストラリア・バレエ団『白鳥の湖』初日(10/9)

オーストラリア・バレエ団『白鳥の湖』へ行ってまいりました。3年ぶりのグレアム・マーフィー版。やはりとっても面白かったです〜。今回もカーテンコールにグレアム・マーフィーが登場。振付家本人が登場すると、なんか興奮します。それはもちろん、作品が面白かったから。

おとぎ話である『白鳥の湖』の舞台を現代に置き換え、私たちとまったく同じ人間を登場させたマーフィー版。もちろん、通常の『白鳥の湖』でも、共感できる普遍的な感情はたくさん見出すことができます。しかしマーフィー版は、舞台を私たちのいる現実の近くに置き換えることで、それをより共感しやすいものにしています。それによって、登場人物たちの感情はよりリアルで濃厚に、そして繊細に描き出され、さらに息を吐く暇のない展開と満載の踊りで、マーフィー版『白鳥の湖』はエキサイティングな舞台となっているんです。
そして、クリスティアン・フレドリクソンの美しい装置と衣裳、ダンサーたちの情熱がなければ、この作品の成功はないとさえ思えます。それほどまでに、フレデリクソンのデザインは作品の世界を創り上げ、ダンサーたちの情熱が作品の命を支えていると思えるんです。

無音で始まる印象的な幕開き。真っ白なドレスを着て立つ不安げなオデットの後姿に、舞台いっぱいに不穏な空気が漂います。彼女がハッと振り返ると、音楽が始まります。結婚式の前夜、夫となるジークフリート王子とロットバルト男爵夫人は逢引中。長い髪を下ろしたルシンダ・ダンの男爵夫人は、王子に身も心も(髪も)絡みつくような存在感。幕開きからアクロバティックなリフトに、「お〜」と。
プロローグが終わり幕が上がると、一気に明るい舞台に。白とグレーを基調とした、フレデリクソンの装置と衣裳が本当に美しい。正面には、この作品の一番印象的な装置、円形の湖が存在します。取り乱したオデットが、この湖に身を投げようと一直線に猛ダッシュするのが印象的。飛び込んだところを男性ダンサーにキャッチされて、未遂に終わります。
自分の結婚式にもかかわらず、男爵夫人とコソコソと仲良くする王子。何気ない接触を装っているけど、明らかに只ならぬ親密さ。王子のソロから、オデット/男爵夫人とのパ・ド・トロワへ。遠くにいても、近くにいても、王子の目は男爵夫人しか見ていません。振り返られない女の哀しさ…。その構図は、オデットと男爵夫人の立場が入れ替わり、そのまま3幕のパ・ド・トロワへ引用されます。1幕では、取り乱したオデットが黒鳥の音楽で踊ります。3幕では反対に、男爵夫人のソロが踊られる。因みに、マーフィー版の3幕では、マズルカ、ナポリ、スペインが削除され、省かれることの多い「ロシア」が夫人のソロとして使われているそうです(前回のプログラムより)。この、わかりやすくて正確な対比が、物語に安定した骨格を与えて、見やすさにも繋がっているのではないか、と。

ロバート・カランは不思議なダンサー。華があるというわけではなく(すみません)、いわゆる甘いマスクでもなく(すみません、、)、背は高いけどスラッとしているわけでもなく、とにかく冒頭の裸にサスペンダー姿がセクシーじゃない(すみませんー)。私的にはど真ん中タイプのダンサーではないんですが、見ているうちになんだか好きになっていくんですよね〜。マーフィー版の複雑なサポートやアクロバティックなリフトも安心して見ていられたし、派手さはないけど地に足のついた存在感で、ジワジワと説得力のある王子を演じていたと思います。
浮気なんてしそうにないロバート・カラン。そういう男のほうが、浮気なんてすると厄介なのかな〜と思ったりして。「お前のせいだろー」と思いつつ、なんとなく嫌いにはなれない。最終的にはちょっと愛しく感じてしまったんですよね〜。彼も弱い人間だったのかな、と。そう思わせたのは、カランの力だったのかなと思いました。

誰も味方がいないオデットが切ない。何食わぬ顔で挨拶に来る男爵夫人。オデットが差し出した手を無視して、王子の手を取ります。オデットの手が無視されたことなんて、王子は気付いているのかいないのか、気にも留めません。こんなに近くにいる王子の心が、ゾッとするくらい遠い…。そして何故だかオデットは女王にもあまり良く思われていないようです。そのことを王子に訴えても、王子も彼女の味方ではない。あんなに賑やかに人がいるのに、彼女のあの中でたった一人なんです。2人に対して募る不信感。誰にも頼ることができない孤独。気丈に振舞わなければならない立場。オデットは次第に追い詰められていきます。小柄なイーストーは、ますますか弱く、その寄る辺なさが切ない。でも、その弱さの中に、芯の強さを感じるダンサーでした。彼女は傷つき、心は折れてしまったけれど、最後に王子を救ったのは彼女の強さだったのではないか、と。死を覚悟したオデットが、最後に王子と踊るパ・ド・ドゥ。足元にしがみ付いた王子に送った最後のキスは、彼への最後のプレゼントだったのだと思いました。通常は王子がロットバルトを倒し、オデットを救うところで、逆に救われたのは王子でした。

この版で、王子は特にマザコンに描かれているわけではないんですが、やはりちょっとマザコンに感じてしまう部分もありました。母親と同じものを男爵夫人に求める一方で、その正反対のものをオデットに求めていたのではないか、と。男爵夫人には子どもが2人います。彼女は「母親」なんですよね(ルシンダ・ダン自身もお子さんがいるそうです)。一方オデットは、最後のパ・ド・ドゥで王子に覆いかぶさるようにキスをしたときに、一瞬大きな母性を感じました。

1幕のラスト、オデットがサナトリウムへ連れて行かれた後、舞台には王子と男爵夫人が2人だけになります。「本当にこれでよかったんだろうか…」と迷いを感じている様子の王子。オデットが連れて行かれたほうを目で追います。そんな王子を自分のほうに向かせることに自信満々な男爵夫人。すぐに王子は男爵夫人に夢中になり、甘やかなひと時を過ごす2人。「そうだわ。私あれがやってみたかったの」とでも言うように、さっきまで女王が座っていた椅子へゆっくりと近づき腰をかける男爵夫人。その足元にひざまずき、彼女の膝に頬を埋める王子。女王の椅子に座るという大胆不敵な男爵夫人が印象的な幕切れです。そして3幕。王子の心を得られなかった男爵夫人。人々がオデットの行方を追って騒がしく散らばって行った後、大きな扉を自ら閉め、一人っきりになります。倒れ込んだ彼女は、なんとか椅子まで這って行き、腰をかけて背筋を伸ばします。「しっかりするのよ」と自分に言い聞かせるような姿に、彼女の弱さと強さを見るようでした。彼女はこうして一人、自分だけの儀式のようにして自らを保ってきたのではないかと想像しました。

日本人のダンサー、久保田さんと本坊さんも活躍してました。元気にはしゃぐ「公爵の若い婚約者」の本坊さんが可愛かった。花嫁のブーケを見事にキャッチして、大はしゃぎです(笑)。宮廷医が素敵だったな〜(♪)と。

ところで、今回のプログラムはプロフィールが面白いです。経歴やレパートリーだけじゃなく、趣味や休日の過ごし方から、愛犬の話題、本人のコメントなども書かれていて、その人の人となりが少しだけど窺えるようになっています。さらに、プリンシパルとシニア・アーティストには、各紙で受けた評価も一言ずつ紹介されています。面白いので是非読んでみて下さい〜。って、普通読みますか? レパートリーがズラッと書かれているだけのことが多いので、私はあまり読まないんです。
因みに、『くるみ割り人形』で年老いたクララを演じるマリリン・ジョーンズは、スタントン・ウェルチ、ダミアン・ウェルチ兄弟のお母さんだそうです。


オーストラリア・バレエ団『白鳥の湖』全4幕
2010年10月9日(土)15:00 東京文化会館

振付:グレアム・マーフィー
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本:グレアム・マーフィー、ジャネット・ヴァーノン、クリスティアン・フレドリクソン
装置・衣裳:クリスティアン・フレドリクソン
照明:ダミアン・クーパー


オデット:マドレーヌ・イーストー
ジークフリート王子:ロバート・カラン
ロットバルト男爵夫人:ルシンダ・ダン

女王:シェーン・キャロル
女王の夫:ロバート・オルプ
第一王女:久保田美和子
第一王女の夫:マシュー・ドネリー
公爵:アンドリュー・キリアン
公爵の若い婚約者:本坊怜子
伯爵:ダニエル・ゴーディエロ
伯爵の侍従:ツ・チャオ・チョウ
提督:コリン・ピーズリー
侯爵:マーク・ケイ
男爵夫人の夫:フランク・レオ
ハンガリー人の踊り:ローラ・トン、ジェイコブ・ソーファー
宮廷医:ルーク・インガム
大きい白鳥:ラナ・ジョーンズ、ダナ・スティーヴンソン
小さい白鳥:
   リアーン・ストイメノフ、ハイディ・マーティン、エロイーズ・フライヤー、ジーナ・ブレッシャニーニ

招待客、ハンガリー人、召使い、尼僧、従者、白鳥たち:オーストラリア・バレエ団

指揮:ニコレット・フレイヨン
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
協力:東京バレエ学校
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2010年10月09日

東バ『ジゼル』【石巻 10/5】 ちょこっと、、、

石巻の『ジゼル』の感想をちょこっと。本当にちょこっとしか書けなかった…。もう今日からオーストラリア・バレエ団の公演が始まるんですね〜。どんどん過ぎていくなぁ、、、。

昨年、一般には非公開の学生向け公演で『ジゼル』を披露した、佐伯さんと長瀬さん。今回やっとお披露目となったわけですが、なかなか簡単には見に行きづらい状況だったせいか(石巻、平日、地元生協会員の例会)、一般に公開されたという感覚は正直薄いかも。佐伯さんと長瀬さんにとってこれは不遇だと思っていたんですが、もしかしたら大事に育てられているということなのかもしれないという気もしてきました。脇をベテランが固めていたことも、そう思わせる要因かもしれません。
とはいえ、どこに出しても恥ずかしくない舞台でしたよ〜♪ 2人ともとってもよかったです。もちろん、もう一歩というところもあったと思います。例えば2幕で、ジゼルをふんわりと風に漂うように踊らせるところなどは、そりゃあ百戦錬磨のベテランのようにはいかないよな〜、という感じもありました。でも、そういう経験値的な部分を除けば、2人とも技術も役作りも申し分ありませんでした。
それでも漠然と、やっぱり『ジゼル』って難しいんだな〜と思う部分もあったんですよね。彼らには、まったく不満はありませんでした。ただ、絶え間なく自然な演技が求められ、それぞれの解釈を期待される1幕、幽玄の世界を感じるような技術と、死後に至る愛の解釈を表現する2幕と、若いダンサーには要求が高く難しいんだろうなと思ったというか。それらを丁寧に積み上げる2人の姿には感激するものがありました。こんな言い方をしたら変かもしれないんだけど、いい意味で未完成というか、輪郭を探しているような瑞々しい舞台に感動したんです。東バの『ジゼル』の中では一番若い2人だし、デビューして間もないということもあり、なんとも若々しいフレッシュな舞台でした。小出さんのように満を持してというジゼル・デビューも感激したけど、こういう若々しい『ジゼル』もなかなか出会えないな〜と。若いうちに『ジゼル』を踊るのはいいかもしれないなと思いました。

とりあえず、これだけ〜。
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2010年09月19日

横須賀A

というわけで、狂乱の場面の途中から、それまでとは打って変わって暴れ始めた木村アルブレヒト。それほど多くアルブレヒト(あるいはロイス)を見てきたわけではないけど、あんなに暴れたアルブレヒトは初めてでした。それまでが比較的静かだっただけに、その落差が強烈に印象的。見ているこっちが、一瞬何が起こったのかわからないくらい、あまりの出来事にしばし時間が止まりました。そして、事態が飲み込めてからは、こちらもワーッと感情が溢れ出す。いや本当、この人にはやられるな〜、と。後先考えない恋ではなかったはず。自分には全うしなければならない立場があると、ちゃんとわかっていたはずです。あぁでも、なんて自分は何もわかっていなかったんだろう!、と。今、目の前で一番大切なものが壊れようとしている。駆け寄ってそれを食い止めたい、抱きしめたい。周りの目も自分の立場も忘れて(捨てて?)、全身でジゼルを求めるアルブレヒト。ウィルフリードの武尊さんが、木村さんのウエストにがっちりしがみ付いて必死で食い止めます。木村さんの演技プランに合わせたんだと思いますが、本当によく合わせてくれていたと思います。武尊さんにとっても、いい経験になったらいいなぁ、と。

悔恨と、ひたすら美しい2幕。言葉なんていらない世界がそこにはあって、友佳理さんと木村さんの『ジゼル』の世界にどっぷりと浸かっていました。たゆたうような静かな時間、美しくも哀しい再会のパ・ド・ドゥ。今となってはアルブレヒトにできることって、ただひたすら後悔して、そしてただひたすら踊らされることだけなんじゃないか、と。木村さんは真摯にそれを貫いていて、それこそがジゼルへの深い想いを感じさせていたような気がします。
踊りは1幕から終始調子が良く、美しく上がった脚、余裕のある美しいキープ、高い跳躍、静かな着地、どれを取っても惚れ惚れするほどでした。それらがテクニックとして目に付くことがなく、特に2幕では、踊りが美しく冴え渡れば渡るほど、アルブレヒトの置かれている状況とシンクロするようでした。身体も魂も張り裂けそうなほど、極限まで踊らされているようだった。しかも、クレシェンドでシンクロしていく。その頂点にあったのが、あのアントルシャでした。ブリゼのところを、木村さんはコボーと同じくすべてアントルシャで持ってきました。欲を言えばブリゼも見たかったんですが、それにしてもあの日の木村さんのアントルシャはすごかった〜。高さがあって、とにかく爪先まで美しい脚! あの爪先にほとんど釘付けでした。すごく早いアントルシャだったのに、交差する爪先の残像がスローモーションのように脳裏に焼きついています。しかも、終盤近くまで手は下ろして身体の前でポーズしたまま。その姿でゆっくりと後方から前進してきました。こちらも息が止まりそうだった〜。

最後、ジゼルが残していった小さな花を手に、ゆっくりと後ずさりしていったアルブレヒトは、彼女がミルタに捧げた百合の花を見つけます。彼女が自分のために万感を込めた百合の花です。その百合を全部拾い上げ、再びお墓へ。百合をお墓に捧げると、小さな花一つを持ってまた後ずさり。少しはなれたところから、両膝をついてゆっくりと腕を広げ、その胸を差し出します。比較的オーソドックスな、でも一つ一つの動きがひどく印象的な美しい幕切れでした。もしかして、仰向けのジェイムズみたいに、何か考えてるのかな〜と思ってたんですが、それはありませんでした。捻らずド正面で勝負した感があり、なんだかやたらと格好良く感じてしまいました(仰向けのジェイムズは、あれはあれで、いいんです)。


だいぶ急いで書いた感があり、後で後悔するような気もするんですが、明日の春日井公演までに少しでも書いておきたいと思ったので。というわけで、明日は友佳理さんと木村さんの『ジゼル』2回目、春日井の公演に行ってまいります。楽しみですー。
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2010年09月14日

横須賀@

木村さんのアルブレヒトは、狂乱の場までは思ったよりも静かな印象でした。マラーホフほどではないとしても、フルール・デ・シャンとルドルフみたいなラブラブな感じになるかと思ってました。もちろん、ジゼルのことは目に入れても痛くないほどに可愛いと思っているし、彼女の前では心優しい恋人です。でも、この恋は嘘ではないけど、「本当」になることはないとわかっていたはず。自分たちは身分が違う。そして自分には婚約者がいて、それを覆すことはできない。でも、彼女といると本当に心が安らぐし、自分といると幸福そうな彼女の存在で、こんなにも心が満たされる。この時間を壊したくない…。そろそろ妄想が入ってきてますが(苦笑)。
周囲の眼を気にしているのも、木村さんのアルブレヒトを冷静に見せた原因の一つかもしれません。ぶどう狩りの女の子たちに対しても、ヒラリオンに対しても、ちょっと顔を背けて、あまり見られたくない様子を見せます。ジゼルのヴァリエーションでは結局最後まで姿を現しませんでした。「あれ?」と。この場面、いつもアルブレヒトいるよねぇ、、、と思ってキョロキョロ探していたら、友佳理さんのジゼルもアルブレヒトを探しながら踊るという芝居をしていました。何故今彼が姿を消しているのかということも知らずに、ただ好きな人の姿を探して踊るジゼルが、痛々しくも健気で、何よりとても可愛いかった。
そして、木村さんのアルブレヒトは、隠しても隠し切れない気品が漂っちゃってます。どう見ても身分が違うだろ、という。そしてまた、ウィルフリードの武尊さんがとても美しい立ち居振る舞いを見せてくれたんです。歩くのもすごく気を付けていたと思う。木村さんのアルブレヒトには、武尊さんが合っていたなぁ、と。狂乱の場面では、苦しむアルブレヒトを見て、彼もとても心を痛めているのが伝わってきて、しみじみとよかった。
というわけで、ジゼルへの気持ちは嘘ではないけど、周りが見えなくなっているアルブレヒトではない。しかし、一見すると静かな佇まいの下に、彼女への思い、その彼女を裏切っているという思いを、いつの間にか限界まで積もらせていたのではないかと思います。それが、狂乱の場面の途中から、もう後戻りできないくらいに堰を切って溢れ出す。彼が思っていたよりも、彼の仮面は脆かったのかもしれません。予想はしていたものの、事は彼の予想を遥かに超えていたのではないでしょうか。それは、ジゼルの狂乱だけでなく、自分の気持ちに関してもです。剣を拾い上げた彼女を見て、「もしかしたら彼女が死ぬかもしれない」、「彼女を失うかもしれない」、そう思ったときの自分の動揺は、彼自身予想していなかったほどの衝撃だったのではないかと思うんです。あの辺りから、アルブレヒトが暴れだしたんですよね。剣を拾い、結界を描くようにするジゼル。そこへ駆け寄らんとするアルブレヒトを、ウィルフリードがそれこそ体を張って食い止めていました。「何故止めるんだ。見ろ、危ないじゃないか! 彼女が剣を持ってるんだぞ!」と言っているかのようなアルブレヒト。苦渋の表情で、「駄目です。駄目なんです」と訴えるウィルフリード。それ以降は暴れまくりのアルブレヒト。とにかくジゼルの元へ行きたい。必死で食い止めるウィルフリード。「アルブレヒト様、いけません」というウィルフリードも、どれほど辛かっただろうか、、、、と。もうここまでくると、村の人たちの目も、公爵やバチルドの目も、彼にとってはまったく見えなくなっています。それまでは周囲の目を気にしていたのが、スコーンと突破したら何も見えなくなる、その落差がすごかった。
最後、ヒラリオンに剣を向け、体ごと突進していくアルブレヒト。もう既に気力だけで立っているような状態で、力ではなく身体の重みで前進しなければならない、というように見えました。割って入ったウィルフリードに制止されるというよりは、抱き留められるようにして止まります。足元も少しフラフラとして、、、。

今回、木村さんのヒラリオンとアルブレヒトを見て思ったのは、共通点があるというか、ヒラリオンを踊っていた人だけに、関連性があるなぁということです。立場は違うけど、同じ気持ちを持っていた2人でもあるんだな、と。木村さんが東京で演じたヒラリオンの中で印象的だったのは、吹いた角笛を元の場所に戻す場面です。この角笛を吹けばすべてが終わる。ジゼルは傷つくかもしれない。でも、彼に騙され続けるよりは、こうすればいつか傷は癒えるかもしれない。彼は万感の思いを込めて角笛を吹くわけです。そして、角笛を元の場所に掛けたとき、木村さんはジッと角笛から目を離さず、その腕をゆっくりと引いていったんです。こう、ぐぅっと角笛に両腕を伸ばしている感じです。全てが終わるこの角笛を、さあ俺は今吹いたぞ、と。これから起こる事態を予測していただろう彼ですが、アルブレヒトと同じく、事は彼の想像を遥かに超えていたのだと思います。ヒラリオンのあの慟哭。差し出したままの空っぽの両腕。それはヒラリオンのものであると同時に、横須賀では上手にいるアルブレヒトのものでもありました。
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2010年09月05日

小林紀子バレエ・シアター第97回公演「コンチェルト」他(8・28)

先週の土曜日(28日)、小林紀子バレエ・シアターの公演に行ってまいりました。「コンチェルト」「チェックメイト」「パキータ」のトリプル・ビルです。とってもいい公演でした。やっぱり小林の公演はいいな〜(♪)と思ってしまった。全幕の公演ももちろんいいんですが、この英国もののトリプル・ビルが何とも言えず楽しい。

そして、なんと言っても島添亮子さんです。その存在が素晴らしいな、と。なんかもう踊りとか云々じゃなくて、もちろん踊りも素敵なんだけど、それも含めた存在そのものが素晴らしい。今回の「コンチェルト」のようなストーリーのない、レオタードで踊る作品も、「レイクス・プログレス」のような物語性の強い作品も、どれも素晴らしいと思うんですが、「眠り」や今回の「パキータ」などのクラシック作品で見せるあの形容し難い煌きは、思わずクッと胸が苦しくなり、涙が込み上げるほど。柔らかな空気と、不思議と張り詰めた空気が同居している佇まい。言葉を失くし、ただただ見つめるばかりでした。


「コンチェルト」はマクミラン振付、音楽ショスタコーヴィチ。大きな窓を描いた背景幕のみの舞台は、ガランとした大きな空間が印象的です(美術はデボラ・マクミラン)。ダンサーたちは皆、青のレオタードを着ているんですが、役割によって青の色合いが少しずつ違うのが素敵。軽快な音楽に乗せて踊る最初のペア。小柄であることを忘れてしまう大きな踊りが気持ち良い、八幡さん。役付きでは初見(たぶん、、)の真野琴絵さんはチャーミングで、踊りも安定していてよかったです。しっとりと踊り上げる2組目のペアは、デヴィッド・ホールバーグと島添さん。ショスタコーヴィチのピアノコンチェルト第2番の第2楽章に振付けられた(プログラムより)このパ・ド・ドゥは、「マクミラン作品の中で、最高に美しいパ・ド・ドゥ」と言われているんだそうです(プログラムより、です)。ジャンプや回転などはなく、ただただゆったりとサポートとリフトによって踊られるパ・ド・ドゥは、しっとりとした透明感があり、本当に美しい。叙情性と透明感のある島添さんの柔らかな踊りが、その美しさを際立たせます。爽やかさとメランコリックな雰囲気を併せ持ったホールバーグも素敵。ゆっくりと上半身を後ろに倒した島添さんを見守る眼差しが優しい。ソロで登場する高橋さんもよかったし、男性陣ではやはり中尾さんが素敵でした。

「チェックメイト」は初めて見ました。「愛」と「死」と名付けられた2人が、チェス盤を挟んで対峙しています。緊迫した空気が流れる、、。幕が上がると、そこはチェス盤。赤と黒の戦いが始まります。赤の王は老人。黒の女王は若い女。新しく台頭した勢いのある勢力に、旧勢力が滅ぼされていくようでした。
プログラムによると、ニネッタ・ド・ヴァロワがこの作品を振付けた1937年当時は、ナチス・ドイツが台頭し騒然としていた時期であり、黒の女王をヒトラーに見立てているとも言われているそうです。2人の男性にリフトされた脚の形が卍を表しているとも。確かに、両脇を男性に支えられて脚を卍のような形にする場面がありました。言われなければ見過ごしてしまいそうだけど、その当時だったら嫌でも連想させたのかもしれません。
黒の騎士の1人が、赤の女王を追い詰め、いよいよ息の根を止めるべく剣を高々と振りかざします。しかし、彼は彼女を愛していたため、どうしてもその剣を下ろすことができない。この黒の騎士を冨川祐樹さんが演じていました。愛する女に止めを刺すために振り上げた腕をどうしても下ろすことができず苦悩する様が、何とも言えず格好良かった〜♪。ところが、躊躇している間に黒の女王によって殺されてしまいます。そして、そこから一気に黒の軍勢の攻撃が始まります。
年老いた赤の王を演じていた澤田展生さんが、いい芝居してました〜。かつての勢いは何処へやら(想像ですが)、アワアワと情けなく追い詰められていく様は絶品でしたよ。おじいちゃん、、、と。
これでもかこれでもかと赤の王を痛めつける黒の騎士たち。「散々に拷問したあげく」、黒の女王が止めを刺します。彼女は玉座に上り、既に抵抗する力もない赤の王に対して、躊躇うことなく、それどころか楽しんでいるかのように剣を振り下ろします。赤の王を見下ろし、笑みさえ浮かべた黒の女王。大和雅美さんが素晴らしかったです。

やっぱり、小林の「パキータ」はいいな〜♪、と。「パキータ」というと、パッと華やかなイメージがあるんですが、こちらの「パキータ」は少し違います。確かに華やかなんだけど、柔らかくて温かな光に包まれていて、シックでとても上品。4〜5重に重ねられたブロンズ色の天井幕は奥に行くほど低くなっているので、空間に凝縮感と親密感があります。ソリスト・群舞の淡いオレンジ色の衣裳と、主役カップルの白の衣裳も素敵。そして、これは「パキータ」に限ったことではないんですが、小林の女性陣は本当にトウシューズの音が静かなんです。それがまた、エレガントで優しい空気感に繋がっているのではないかと思います。
最初にも書いたんですが、やはり島添さんの存在が一つの大きな柱です。登場しただけで空気が変わる。ぴんと張り詰めているのに威圧感がない。ゆったりと決めるポーズには、派手なけれん味はないけど、吸い寄せられるような快感があります。彼女のような存在を目撃するのは、バレエを見る醍醐味の一つではないかと思いました。
そして、彼女だけでなく、4つのヴァリエーションを踊った大和−大森−萱嶋−高橋も、とっても素敵でした。何度か見ているうちに顔と名前が一致するようになったので、そうなるともう楽しい。今回、高畑きずなさんのお名前がどこにもなかったのが、ちょっと寂しかったです。そういえば、楠元さんや小野絢子さんも出てなかった。小野さんは新国の『しらゆき姫』が忙しかったのかな、と。
今回は、ホールバーグのブロンドの髪が以前にも増してサラッサラでした。キラッキラのサラッサラ。ダイナミックな踊りを見せるたび、颯爽と入退場するたび、ブロンドの髪がホワホワと揺れるのが印象的でした。ダイナミックかつ繊細な踊り、佇まい。パートナーに対する真摯な態度。とても素敵でした。


小林紀子バレエ・シアター 第97回公演 『コンチェルト』『チェックメイト』『パキータ』
2010年8月28日(土)18:30 ゆうぽうとホール

「コンチェルト」
振付:ケネスマクミラン
ステイジド・バイ:ジュリー・リンコン
作曲:ドミトリー・ショスタコーヴィチ
美術:デボラ・マクミラン

First Movement:真野琴絵、八幡顕光
Second Movement:島添亮子、デヴィッド・ホールバーグ
Third Movement:高橋怜子
Three Couples:
   萱嶋みゆき、荒木恵理、喜入依里、中尾充宏、佐々木淳史、冨川直樹

「チェックメイト」
振付:ニネッタ・ド・ヴァロワ
オリジナル・ステイジド・バイ:バイ・パメラ・メイ
ステイジド・バイ:ジュリー・リンコン
作曲:アーサー・ブリス
美術:マックナイト・カウファー

愛:高橋由貴乃
死:西岡正弘
黒の女王:大和雅美
赤の女王:萱嶋みゆき
赤の王:澤田展生
赤の第1騎士:冨川祐樹
赤の第2の騎士:アンダーシュ・ハンマル
黒の騎士:中尾充宏、冨川直樹

「パキータ」
振付:マリウス・プティパ
プロダクション:小林紀子
作曲:レオン・ミンクス
美術:ピーター・ファーマー
美術コーディネート:マイケル・ブラウン

アダージオ:島添亮子、デヴィッド・ホールバーグ
ヴァリエーション1:大和雅美
ヴァリエーション2:大森結城
ヴァリエーション3:萱嶋みゆき
ヴァリエーション4:高橋怜子
ヴァリエーション5:デヴィッド・ホールバーグ
ヴァリエーション6:島添亮子
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2010年08月26日

『ドン・キ』2日目(8/21)

東バの『ドン・キ』2日目の感想を、とりあえず書けるところまで。

2日目はなんと言っても木村さんのエスパーダです。ん〜、何を書いていいのやら…。とにかく幸せ。とにかく格好良かったです。はい、もうファンの言っていることですから、、、。もう登場から目が離せない! それこそ木村さんに穴が開くんじゃないかというほど。こんなに穴が開くほど見つめている人間がいるということを、ご本人は知っているでしょうか。『ドン・キホーテ』という明るい演目にもかかわらず、思わず涙している人間がいるということを、、。少々大袈裟ではないかと思われそうですが、本当にそんな気分だったんです。「ああ、今日もこの姿が見られて本当によかった」、と。ファンでよかったなぁ、と。その幸福に、もしかしたらものすごい幸運の上に成り立っているかもしれないこの一時の幸福に、思わず涙が出ました。

相変わらず美しいシャープな踊りだったけど、ほんの少し男臭くなったような気もしました。さらに余裕というか、小細工のいらない格好良さが増したなぁ、と。いや、これまで小細工していたという意味ではないんですが。全身から醸す雰囲気が、さらにパワーアップしたような気がします。表情がね〜、やられるんですよ(♪)。笑顔と凛々しい表情を行ったり来たり、もう自由自在。ハサピコでも感じたんですが、以前からこんなに自由自在だったかしら? 「今日は笑顔だった〜♪」と思うことはあったけど。役柄の違いなのかな? もう笑ったり決め顔したりの変幻自在っぷりに、すっかり飲み込まれてしまいました(♪)。
1幕1場−街かどの場面で、奈良さんにちょっかいを出しているのが面白い。もう距離が近いし、真剣に口説きすぎ(笑)。今口説いている目の前の女の子に心底本気になる、それがエスパーダという男なのかな〜と想像したり。奈良さんも奈良さんで、見上げる目がきらきらしていて可愛い。本気じゃないのは知っているけど、エスパーダに見つめられれば悪い気のする女の子はいない、という。ムレータ(と言うんですよね、あの闘牛士の赤いやつ)を奈良さんの肩にかけて、2人でイチャイチャ楽しそうでした。
酒場の場面でも、ソロが終わると2人の女の子にちょっかいを出す。しかし、背後でメルセデスが踊り始める、そのファンファーレが響くと、ガラリと空気を変えます。こちらは遊び、あちらは本気。「お嬢さんたち、また今度ね」とでも言いたげな風情が様になってました〜(♪)。


水香さんの踊りが以前より雄弁になったな〜、と。脚の表現というか、ステップが語りかけてくる印象を持ちました。東バに移籍してから6年以上が経ったわけですが(早いな〜)、正直、最初から好きなダンサーだったわけではありません。どちらかというとマイナスの地点から見はじめて、ついには彼女のステップが語りかけていると感じるようになるなんて、誠に勝手ながら感慨深いものがありました。この日は、水香さんの大ファンと思しき方と、その正反対と思しき方に挟まれて鑑賞しておりまして、彼女は今後もこの状態を背負って踊っていくのかな〜などと考えてしまいました。
踊りの雑さも最近はほとんど感じなくなったし(スタミナがなくなってくると、細部がブレることはあるけれども)、この日は忙しいステップも綺麗に踊っていました。1幕1場で、扇で床を叩きながら一周するところとか、以前はバタバタしてたんですが、この日はとても綺麗でした。やはりちょっとジュテが重たい印象があるのは、上半身が安定していないからか?と思ったりしました。夢の場面の終盤、ドゥルシネアとドリアード、キューピッドが並んで踊ると、どうも水香さんの上半身がブレるのが気になってしまいます。問題は上半身、あるいはそれを支えるスタミナなのかな〜、と。素人なんで勝手に言ってますが、、、。

というわけで、踊りはよかったんですが、今回はその役作りが気になりました。色気を出そうとしているのか、科を作ったり色っぽく振舞ったりするのが、私的には好みではなかったな、と。以前の可愛いキトリでよかったのにな〜。もしかして、そういう役作りだったのか? 「バジルの気を引くために、似合わないのに色っぽく振舞っている」という設定なのかも。そうだとしても、上手くは伝わってなかったと思いますが。まぁでも、基本的には相変わらず可愛くて、明るくて、普通の女の子という感じがして、彼女のキトリは嫌いではないんですけどね〜。そうなのよ、変に表面的な色気を出そうとしないで、明るくて元気な彼女のキトリが見たいのよね。

高岸さんのバジルは、「バジルだぜ!」という気合がすごい。以前より踊りはセーブしているのかもしれませんが、相変わらずパワフルで、あれだけのエネルギーを放出できるのは、やっぱりすごいとしか言いようがないです。しかも、年齢のわりに相変わらず若々しい。セーブしていると言っても本人比であって、あれだけ豪快に踊れるのは、やはり東バではピカイチではないか、と。高速のシェネとダイナミックな回転はすごかったです。でもやっぱり、何と言ってもあの「THE バジル」という圧倒的な佇まい、陽性の雰囲気、それこそが高岸さんだよな〜♪。そして、高岸さんが舞台にいる東バというのは、やっぱりいいよなぁと思いました。
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2010年08月21日

『ドン・キ』初日(東バの雑感)。

というわけで、『ドン・キホーテ』初日、東バの感想をちょこっと。一回書いたのが全部消えたので、記憶を頼りに頭から書き直しました。seesaaめ…。

ドン・キホーテの森川さん(初役)がハマってました〜。グレーミン公爵といい、老け役が似合っちゃうのね。やり過ぎず、硬すぎず、存在感もあって、浮世離れした老人を好演してました。ちょっと表情が硬いかな〜という気もしたんですが、キホーテ老人はそんなにオーバーな表情ないか、と。
同じく初役の永田さんのロレンツォも、とってもよかったです〜♪ なんか和む、いいお父さんでした。
高村さんのキューピッドは、もう無敵。同じく無敵の勢いなのが、高橋さんのサンチョ・パンサ(おそらく今回も地毛)。2人とも、とにかく可愛いです。この役はこの人でなきゃ!というものがあるというのは、素晴らしいな、と。

平野さんのガマーシュにヒヤヒヤしつつ(苦笑)。お付きは今回も源蔵くん。よっぽどこの役を買われてるのね〜(♪)。少し控えめになったような気もしますが、小出さんの踊りの見せ場で、後ろのド正面で面白いことやってるので、小出さんの踊りに集中するのに必死でした。周りとも絡みつつ面白い小ネタを披露していて、ときどきそちらを見て「プッ」と笑える、いいガマーシュなんですけどね〜。ときどきヒヤヒヤするという(笑)。

セギディーリャもジプシーも、男子が気合いたっぷりで、とてもよかったです。前列の中川さんがいい笑顔。小笠原さんも相変わらず格好良い。ジプシーでは宮本さんが思い切りハジけてて、いい踊り。弾さんもキレが増して、目を引きました。闘牛士/ファンダンゴは長身組。こちらも気合いの入ったいい踊り。宮本/長瀬のリーダー(キトリの友人と踊る役)も、板についたな〜(♪)、と。武尊さんもいい表情して踊ってました。彼も最近グッといい踊りをするようになったなぁ、と。
キトリの2人の友人、西村さんと佐伯さんは、2人ともとっても華やか。キュートで溌剌とした佐伯さん、たおやかな美しさを湛えた西村さん。2人が登場すると舞台が明るくなります。ヴァリエーション 1の佐伯さんは、非の打ち所がないんじゃないかと思えるほど、清々しい踊り。ヴァリエーション2の西村さんは、ちょっとバランスを崩してしまい、もう我がことのように歯を食いしばってしまいました、、、。それ以外は終始いい踊り、いい演技でした。
ドリアードの田中さんも素敵でした。初めて彼女のドリアードを見たときは、「ちょっと踊りが硬いかな〜、頑張れ〜」と思ったんですが、そんな片鱗何処へやら。すっかり内側からの輝きに満ち、スッと静止するポジションの美しい、素敵なドリアードでした。もっと調子の良いときを知っているので、彼女ならもっと伸びやかに踊れたと思いますが、全体の出来を乱さない自己コントロールは流石だなと思いました。

ちょっと余談ですが、貴族を演じていた佐藤さんは、『シルヴィア』でディアナの回想に出てきた、あの横たわるイケメンじゃないかと。

昨日は後藤さんのエスパーダがとってもよかったです〜。初っ端から気合い十分で、全身に漲る空気が違いました。踊りも大きくてよかった。ときどきアワワ、、、となるのも気にならないほど(慣れたのか?)。そして、メルセデスの奈良さんがすごくよかったんですよ〜♪ ハサピコでも『ドン・ジョ』でも感じたんですが、やっぱり一皮剥けたかも。とにかく調子がいい。キリッと正面を睨んだとき、形だけじゃなく、ちゃんと心がこちらに届いたんですよね。例えばパ・ド・ドゥで、形だけ目と目が合っていても気持ちが通じていなければ意味がないわけで、こちらに向けた目が何も見ていなければ、それは時には虚しいこともあります。
そういえば、急に話しは変わるんですが、グラン・パ・ド・ドゥのラスト、小出さんとシムキンの目が、きちんと通じ合っていたのが印象的でした。それまでも感激しっぱなしだったけど、あれを見たらさらに胸がいっぱいになってしまった、、、。主演の2人と、周りのダンサーたちが一丸となって作り上げた舞台でしたね〜。

小出さんの復帰は、やはり大きいなと思いました。彼女の全幕の舞台にも、特別な幸福感があります。それほど長く東バを見ているわけではないんですが、一つ一つ大きな役を踊る彼女を見てきているので、やはり思い入れは強いです。まあ、彼女に限らず、東バの一人一人に勝手な思い入れを持っている私ですが(苦笑)。
復帰後、初めての全幕主演だったわけですが、まったくブランクを感じさせませんでした。それどころか、踊りはよりクリアに、それでいてよりまろやかになったような気がします。そして、音楽とピッタリと合った心地好い踊り。毅然とした舞台姿。あぁ、小出さんだなぁ、と。シムキンとの相性も悪くなかったけど、また後藤さんとの『ドン・キ』も見たくなりました。

東京バレエ団『ドン・キホーテ』全2幕
2010年8月20日(金)18:30 ゆうぽうとホール

◆主な配役◆

キトリ/ドゥルシネア姫:上野水香
バジル:高岸直樹
ドン・キホーテ:柄本武尊
サンチョ・パンサ:氷室友
ガマーシュ:松下裕次
メルセデス:高木綾
エスパーダ:木村和夫
ロレンツォ:永田雄大

―第1幕―

2人のキトリの友人:乾友子‐田中結子
闘牛士:平野玲、長瀬直義、宮本祐宜、梅澤紘貴、柄本弾、安田峻介、森川茉央、杉山優一
若いジプシーの娘:井脇幸江
ドリアードの女王:西村真由美
3人のドリアード:吉川留衣、渡辺理恵、川島麻実子
4人のドリアード:森志織、村上美香、岸本夏未、阪井麻美
キューピッド:佐伯知香

―第2幕―

ヴァリエーション1:田中結子
ヴァリエーション2:乾友子

協力:東京バレエ学校

指揮:ヴァレリー・オブジャニコフ
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
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一秒先のシムキン

東京バレエ団『ドン・キホーテ』、初日の公演に行ってまいりました。とっても楽しかったです。『ドン・キ』はいいですね〜、やっぱり。しかも、好きなバレエ団の『ドン・キ』とくれば尚更です。見ている間、ず〜っと幸せでした。こんな気持ちになれる舞台があるなんて、、。
みんないい踊り、いい顔をしていました。舞台の一体感、ダンサー同士の親密感も増したような気がします。これも、長かった海外ツアーの成果なんでしょうか。

そして、シムキンです。
ダニール・シムキンは、常に一秒先の一挙手一投足に期待してワクワク・ドキドキする、稀有なダンサーだと思いました。1年前の夏、『ドン・キ』で初めてシムキンを見たときは、目の前で次から次に起こる事態に、ただただ驚くばかりでした。しかし、既に彼が優れたダンサーだと知った今、今度は次に起こる事態に期待をしながら、常に次の一歩、次のステップを待ちわびるようになりました。高度なテクニックはもちろん、それらを繋ぐパ、何気ないステップ、ただ歩く一歩でさえ、期待せずにはいられません。彼は決してバタつかず、超絶技巧も歩くときも、同じように軽やかに、そして爽やかにやってみせます。高度なテクニックを存分に見せながらも、嫌味がなく、すべてが丁寧でエレガントでした。
あどけなさを残す、自信たっぷりな笑顔(でも嫌味はない)に、こちらの顔も緩みっぱなしでした。

東バについては今度〜。
posted by uno at 04:11| Comment(2) | バレエ公演2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする