2017年09月08日

小林紀子バレエシアター第112回公演<マクミラン没後25周年記念公演>8月26日

8月の小林紀子バレエシアター<マクミラン没後25周年記念公演>の、初日の公演を見てまいりました。相変わらず期待を裏切らない、興味深いトリプル・ビル。それにしても、『The Invitation』、『ザ・レイクス・プログレス』、『マノン』、『アナスタシア』等、そして今回の『春の祭典』も、小林紀子バレエシアターの意気込みを感じる上演を見るのは本当に気持ちがいいです。

小林紀子バレエシアター第112回公演<マクミラン没後25周年記念公演>
2017年8月26日(土)17:00 新国立劇場オペラパレス

「バレエの情景」
振付:フレデリック・アシュトン
ステイジド・バイ:アントニー・ダウスン
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
美術:アンドレ・ボールペール

  萱嶋みゆき
  アントニーノ・ステラ
  上月佑馬、冨川直樹、荒井成也、望月一真

LA FIN DU JOUR」(ラ・ファン・ドゥ・ジュール)
振付:ケネス・マクミラン
ステイジド・バイ:アントニー・ダウスン
音楽:モーリス・ラヴェル
美術:イアン・スパーリング

  島添亮子、高橋怜子
  アントニーノ・ステラ、ジェームス・ストリーター

ピアノ演奏:中野孝紀

「春の祭典」
振付:ケネス・マクミラン
ステイジド・バイ:アントニー・ダウスン
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
衣裳デザイン:キンダー・アグジニー

第1部 大地の礼賛
第2部 生贄の儀式

  生贄:望月一真


「バレエの情景」

女性陣のモダンな衣裳が可愛い。プリンシパルは黄色、コール・ドは水色。どちらかというと水色の衣裳のほうが好みでした。萱沼さんは華やかな人。実は難しそうな振付を、サラサラてきぱき、そしてエレガントに踊っていきます。アントニーノ・ステラは陽性の雰囲気があって素敵。それにしても、男性プリンシパルの踊りの、ザンレールの多いこと。ステラの、スプリングのように弾むザンレールが印象的でした。
「バレエの情景」はフォーメーションが面白くて、見ているのが楽しい。男性のソリスト4人を、どうしてそこは3対1でわけたの?とか。いろいろと興味深かったです。4人のソリストのうち、一番背の高い彼が、この日「春の祭典」で生贄を踊った望月さんではないかな、と。
それにしても、小林紀子バレエシアターの女性陣はポワントの音がほとんどしません。使っているポワントの違いなのか、床の違いなのか。でも、他の会場で見てもいつも音がしないので、少なくとも床は関係がない。今回は男性陣の着地音が静なのも印象的でした。

「LA FIN DU JOUR」

なんだか不思議な作品でした〜。特に衣裳。というか衣裳。もし普通の衣裳で踊っていたら、印象は違ったんでしょうか?
タイトルの「LA FIN DU JOUR」(ラ・ファン・ドゥ・ジュール)は、「日の終り」とうい意味だそう。登場人物は、「1930年アールデコ時代の華麗なる有閑階級」の人たちです。そして衣裳は全員スポーツウェア。ゴルフ、テニス、水泳、etc。スポーツを楽しんだ後の一時、という感じ。スポーツにはお金がかかるわけで、当時はお金持ちの娯楽だったのかもしれません。最初は「なんでスポーツ?」と思ったんですが、つまり、スポーツウェアを着ているということが、イコール有閑階級とういことなんだなと思いました。でも、主演の女性陣2人の衣裳がちょっと謎でした。最初は水着だと思って見てたんですが、よく見ると水泳のキャップではなく、パイロットキャップ(ゴーグル有り)なんです。謎〜。私が無知なだけで、何かああいうスポーツがあるんでしょうか?
ラヴェルの音楽に乗せ、一部の特別な階級の人たちが、他と一線を引いた閉ざされた空間で、現実と切り離された時間を過ごしているような作品。優雅で華やかだけど、どこか儚くて、少し暗い。時代の閉塞感のような、やや陰鬱な空気が漂います。三方を高い壁のような装置で囲んだ舞台も、その閉塞間を表現していたのかもしれません。外へ繋がる唯一の扉は、しかし最後に女性の手によって閉められてしまいます。
5人の男性が一人の女性をリフトする場面などは、「マノン」を思い出させて、マクミランぽいな〜と思うところでもありました。もう一人のゲスト、ジェームス・ストリーターも陽性の雰囲気のダンサー。踊りはややステラのほうが丁寧だったような気がします。
しかし、どんな衣裳でも、「何か?」みたいに涼しい顔して踊りこなす(そして着こなす)小林紀子バレエシアターのダンサーたちは天晴れでした。

「春の祭典」

「LA FIN DU JOUR」も初演でしたが、やはり「春の祭典」が今回の見所と言っていいのではないでしょうか。
とにかく、群舞。群舞!群舞!群舞!です。実際、何人いたんだろうか? 圧倒的な量の群舞が主役と言ってもいいかもしれません。衣裳はロイヤルのオレンジ色のものではなく、黒いタイツに赤茶色の文様が縫い付けられている衣裳でした。ロイヤルの鮮やかなオレンジにスキンヘッドという異様な感じに比べると(写真でしか見たことないけど)、ややスタイリッシュだったかもしれません。群舞の踊りは、一人一人の動きが格好いいかと言ったら、そうではなく、やはり全員で動くから面白い、という感じでした。
ベジャールの野生ではなく、とても原始なイメージ。民族的な要素が強かったです。圧倒的な群舞と神秘的な儀式が、選ばれし者を生贄へと導くトランス状態のラストまで、目が離せませんでした。

前半は群舞。おそらく生贄の男性(翌日は女性でした)も混ざっていると思うんですが、人数が多くてメイクもしている上に、東バほどダンサーを認識していないので、どこにいるかは本気でわからず。それもまた面白い体験ではありました。顔を知っていると、「あ、あそこにいる」とか考えちゃったりするので。
後半は儀式。群舞が半円形に舞台を囲み、中央には儀式を取り仕切る3人の人物がいます。群舞とは衣裳が違い、踊ることもありません。この3人のお偉いさんが、ちょっと面白かったです。全員がグルリと周囲を囲んで見守る中、数人の男性が中央で踊ります。やがて、お偉いさん3人が歩み出てきて、一人の男性に手をかざし、音楽と光と手のひらの動きが融合し、彼が生贄に選ばれたことがわかります。翌日は女性が生贄を踊ったので、その場合、選ばれる前に数人の生贄候補たちが踊る場面は、全員女性なのかどうか、非常に気になりました。
ベジャールのように、強い、あるいは弱いといった「個性」で選ばれた生贄ではなく、神の意思とでもいうべきもので選ばれた生贄。儀式と踊りの中でもっともトランス状態に陥ったものが、神が降りてきたと見なされて選ばれたような、そんな感じでした。
生贄のソロがあり、再び群舞が躍動し、最後は舞台中央に倒れた生贄を群舞全員で掲げて、幕。
生贄は大役だな、と。群舞も見所とはいえ、やはり一人で踊る生贄の重圧はどれほどだろうか、と。思わず、生贄に化せられた重圧と注がれる視線を、ダンサーのそれと重ね合わせてしまいました。初日に生贄を踊った望月一真さんは、とてもよかったです。虚ろに見開いた目が印象的でした。
posted by uno at 11:45| Comment(0) | バレエ公演2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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