2018年11月10日

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』11月3日

『オネーギン』の感想を2幕まで書きました。『白鳥』の前にとりあえず書けた分だけUP。

【追記】3幕の感想を付け足しました(2018.12.4)

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
アレクサンドル・プーシキンの韻文小説に基づく
ジョン・クランコによる全3幕のバレエ
2018年11月3日(土・祝)14:00
東京文化会館

振付:ジョン・クランコ
音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー
編曲:クルト=ハインツ・シュトルツェ
装置・衣裳:ユルゲン・ローゼ
世界初演:1965年4月13日 シュツットガルト・バレエ団
改定版初演:1967年10月27日 シュツットガルト・バレエ団

オネーギン:ジェイソン・レイリー
レンスキー(オネーギンの友人):マルティ・フェルナンデス・パイシャ
ラーリナ夫人(未亡人):メリンダ・ウィサム
タチヤーナ(ラーリナ夫人の娘):ディアナ・ヴィシニョーワ
オリガ(ラーリナ夫人の娘):アンナ・オサチェンコ
彼女たちの乳母:ソニア・サンティアゴ
グレーミン侯爵(ラーリナ家の友人):ロマン・ノヴィッキー

近所の人々、ラーリナ夫人の親戚たち、
サンクトペテルブルクのグレーミン侯爵の客人たち:シュツットガルト・バレエ団

指揮:ジェームズ・ダグル
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

『オネーギン』2日目の公演を見てまいりました。充実した舞台でした。本当に優れた作品だなぁと思うし、本家ならではの踊り込まれた舞台を堪能しました。ジェイソン・レイリーが見たくてこの日にしたわけですが、やっぱり素敵すぎました〜♪ いやもう本っ当に格好よかった!! とりあえずはその一言に尽きます。
お恥ずかしながら小説もオペラも未読(未見)ですが、だからこそ言えるのは、クランコのバレエを見てオネーギンをただの酷い男だとは思わないということです。プログラムの解説などももちろん助けにはなりますが、何よりもクランコの手腕と、これまでに見てきたオネーギンの名手たちによるところだと思います。中でもジェイソン・レイリーのオネーギンは非常に大人で、むしろ本来は至極真っ当な常識のある人間であることが窺えて、だからこそ彼の苦悩や葛藤が心に響くし、特に彼の苛立ちはヒリヒリするほど胸に刺さります。彼は嫌な奴なのではなく、今はそうなってしまっているだけで、時代が彼をそうさせてしまったのではないかと思わせるんです。もちろん、どんな時代のもとでも燻ぶらないでいられる人間もいるかもしれません。でも、そうはなれない彼の弱さも、この作品においては魅力なのではないかと思いました。

1幕のレイリーは、都会的な空気を纏いながらも、決して鼻持ちならない男ではないし、心ここに在らずではあっても、決して礼儀は忘れていない男です。辟易としている部分を押し隠してはいるものの、あくまで礼節を保ったスマートな振る舞いと身のこなし。レイリー自身の器の大きさが出ちゃってるんじゃないかというくらい、大人で素敵なんですよ〜♪ タチヤーナをエスコートしながらも、心はここにはない。そんな愁いを帯びた様子に、なおさらタチヤーナの心は引き寄せられたに違いありません。都会的な洗練された佇まいとスマートな振る舞い、それでいてどこか人に踏み込ませない陰のあるオネーギン。文学少女がトキメかないわけがない(偏見?)。
2人が客席に背中を向けて歩く場面は、心ここに在らずで他所を向くオネーギンと、そんなオネーギンを見つめるタチヤーナの構図が印象的。そして、ふと我に返り、エスコートしていたタチヤーナのほうにようやく注意を向けると、スッと彼女をリフトします。あの最初のリフトがいつも印象的です。まるでタチヤーナの舞い上がる恋心を表しているようで、見ている私まで心がキュッとなるのを感じます。あの瞬間、タチヤーナの中にオネーギンが入り込んで、恋心が決定づけられたのではなかろうか、と。
「何を読んでるの?」と本に話題を持っていくオネーギン。たぶん、何を読んでるかなんて興味ない。「これ?どうぞ」と舞い上がりそうな気持を抑え、手渡すタチヤーナ。彼女としては何を読んでいるか知ってほしいに違いありません。オネーギンの好意的な反応を期待する気持ちを抑えながら待つタチヤーナ。舞い上がる気持ちを悟られないようにしているつもりで漏れちゃってる感じを演じるヴィシニョーワが、うまいな〜と。そして、彼女の本を見て、心底笑いを堪えられずに、必死に口を閉じて「ムフ〜(笑)」ってなってるレイリーがまたいい(♪)。でもあれは、ちゃんとタチヤーナにわからないようにやってるんですよね。

ヴィシニョーワもとっても美しかったです〜。彼女を見ていると、やはりスターだな〜と思います。「どこが、どう」と上手く言えないんですが、もう存在がスター。でも、ヴィシニョーワはとても華やかな人だけど、彼女のタチヤーナは決して派手ではなく、丁寧に演じているな〜という印象でした。3幕はさぞ美しいだろうけど、1・2幕の娘時代は似合わないんじゃ、、、なんて思っていたんですが、まったくそんなことはありませんでした。流石に田舎っぽさはなくて、とびぬけて洗練された少女ではありましたが、本を読んでは思いを巡らせているときが一番幸せそうな、物静かで少し大人びた少女を見事に演じていました。子供っぽさは控えめで、夢見がちというよりは自分の世界を持っているという感じ。大勢の中では遠慮がちだけど、常に周囲への思いやりを忘れない、自分の中に曲げない芯は持っているような、そんな少女でした。

オサチェンコのオリガも、タチヤーナと対照的な快活な少女でとてもよかったです。無駄のないクリアな踊りも流石。群舞もとてもよくて、ジュテで舞台を駆け抜ける場面も綺麗で疾走感もありました。1幕の女性陣のジュテの着地音だけちょっと気になっちゃったけど、、。レンスキーのパイシャはスラリとした比較的長身の青年。踊りもよかったし、いいダンサーだと思いました。でも、レンスキーは脂の乗っていたフォーゲルの踊りを見てしまっているので、どうしても比べてしまうかも、、。2幕の演技はもっと濃くても大丈夫だったんじゃないかな〜と。自分が遠くから見ていたからそう思っただけかもしれませんが。手袋でオネーギンを打つところなどは迫力があってよかったです。

鏡のパ・ド・ドゥは、何と言ってもレイリーのオネーギンの悪魔的な格好よさ!!これに尽きる。少女の夢に出てくる男はこれくらい危険な香りがしなくちゃね〜♪と、ホクホクしながら見ておりました。やっぱりまたレイリーのカラボスが見たい、、、。パ・ド・ドゥは破綻なく流石の踊りでしたが、やや疾走感はなかったような気もします。ヴィシニョーワの思い切りのよさは半端なかった(褒めてます)。あんなに勢いよく脚をグルンと回してもラインを崩さないヴィシニョーワもすごいけど、それを抱えているレイリーがビクともしないのもすごい。2人のパートナリングはとてもよかったけど、いわゆる「化学反応」みたいなものは、もしかしたら前日のアマトリアンとフォーゲルのほうがあったのではないかな〜と想像。ラストの直立リフトの瞬間には、タチヤーナの高揚感がこちらまで伝わってきて、心動かされました。そして、夢から覚め、オネーギンへの手紙を書きあげるタチヤーナ。夢見心地の様子から一変、手紙を書く瞬間になると、何かこうぐうぅっと情念のようなものが入るヴィシニョーワが印象的でした。「今、これを書かなければ!」という切実さがありました。

2幕。タチヤーナに手紙を返し、「こういうことをされては困るよ」と諭すオネーギン。しかし最初はその意図を汲み取れず、「そうよ、それは私があなたに書いたのよ」みたいな、的外れな反応をするタチヤーナ。イラっとする〜(苦笑)。もう一度、人気が無くなったところで手紙を返そうとすると、今度は泣かれてしまう。タチヤーナを悪く言うつもりはないけど、イラつくのはわかるわ〜、と。そして決定打。手紙を破り、彼女に握らせます。それをハラハラと手から落とし、走り去る姿に、さらにウンザリしたはず(落ちた手紙はお友達が回収して、タチヤーナを追いかけます)。流石にやり方はキツかったかもしれないけど、ハッキリと断ったほうが優しさではある。まあ、このときのオネーギンは優しさでやっているわけではないと思うけど。
退屈を紛らわせるかのように、レンスキーをからかい、オリガと踊るオネーギン。一度目はレンスキーが怒り出したのでやめてるんですよね。ちゃんとレンスキーをフォローするようにと、オリガを促します。進行する物語の背後で2人の仲直りが描かれる。それで済んでいればよかったんだけど、、。タチヤーナの心情を吐露するソロが踊られます。「なぜ、どうして、なぜ、どうして」とでもいうような過剰な感情が細やかなステップにも表現されているような、もうヒリヒリするようなソロ。彼女のアピールを感じながらも、必死に苛立ちを抑え、耐えているオネーギン。もうその苛立ちがヒリヒリと伝わってきて、彼が堪らず「タンっ!」と両の掌で机を叩いた瞬間には、タチヤーナの気持ちで一緒になってビクッとしてしまうほどです。またレイリーのオネーギンが大人で冷静で、取り入る隙のない感じが、余計にタチヤーナを混乱させるような気がします。
駆け出すタチヤーナ。やり場のない苛立ちを抱えるオネーギンの目に、楽しそうに踊るオリガとレンスキーの姿が飛び込んできます。「これだ!」と言わんばかりに、オリガの手を取ってレンスキーから奪い、再びレンスキーをからかうように楽しそうに踊ります。またオリガの乗りがよくて、一緒になって楽し気に踊ってレンスキーをからかっちゃうんですよね〜。徐々にレンスキーの怒りが大きくなり、周囲の空気も変わり始める。オリガとしては「ここで終わりよね」というタイミングが何度かあるんだけど、タチヤーナのことで苛立っていたオネーギンは一度目とは違いなかなかやめようとしない。その度にオリガもオネーギンに付き合ってしまう。そしてついに避けられぬ決闘へ、、、。レンスキーに手袋で叩かれて後ずさりしたオネーギンにぶつかって、後ろで老人がよろけているのがちょっと楽しい。ここでその笑いを取るか(笑)と。

グレーミン侯爵のノヴィッキーが素敵でした〜♪ しかも、2幕のグレーミン侯爵の衣装の色がまた素敵。くすんだカーキといいいますか、グレーグリーン(そんな色あるか?)みたいな色合いがとても素敵でした。ここで登場したグレーミン侯爵とオネーギンが会話を交わす場面があるんですが、オネーギンとしては「やっと話せる人が来た」みたいな感じなんですよね。しかしそれを、タチヤーナを紹介するために遮られてしまう。この辺でも1イラきてたんじゃないかと思います。

決闘の末、レンスキーを死なせてしまったオネーギン。そんなオネーギンを、スッと姿勢を正し真正面から毅然と見つめるタチヤーナ。あのとき、2人は初めて本当の意味で視線を交わしたのかもしれません。それまで見えていなかったタチヤーナの真の姿が、初めてオネーギンの目に映った瞬間だったのではないか、と。それは、友人を死なせてしまったことでオネーギンの心が剥き出しになっていたからこそ、訪れた瞬間かもしれません。彼女の眼差しに打たれ、深い悔恨に苦しむオネーギンの姿で幕が下ります。

3幕。ヴィシニョーワのことだから、さぞ華やかで艶やかだろうと思っていた彼女のタチヤーナは、確かにその通りなんだけど、私の想像より落ち着いた佇まいの美しさを湛えていました。すっかり大人の女性に変貌し、愛を知り、満ち足りて平穏な、優しい光に包まれるような美しさ。いい意味で予想を裏切られた気がして、なんだか嬉しかったりしました。まだまだ進化する人なんだな〜と。というか、彼女の全幕を見るのが本当に久しぶりだったんです。だから、私が彼女のこのひきだしを知らなかっただけかもしれないんですが、いずれにせよ、わかったつもりになっちゃいけないな〜と思ったりもしました。

ノヴィッキーのグレーミン侯爵がやっぱり素敵でした♪ 原作のグレーミン侯爵は知らないんですが、このクランコのバレエ版のグレーミン侯爵は素敵な旦那様として描かれていますよね。オネーギンからの手紙に戸惑い、出かけていくグレーミン侯爵を思わず引き留めるタチヤーナ。いつもは見せない(想像)情熱的な妻の態度に、彼もまた愛情深く応えます。タチヤーナに対して本当に愛おしそうに接するグレーミン侯爵が素敵。短いながらも印象的な場面です。原作の夫婦関係はわからないんですが、少なくともこの作品においては、タチヤーナにとってグレーミンとの関係は燃えるような恋ではないかもしれないけど、確かな愛が育まれていたと思わずにはいられません。「もう全然グレーミンでいいじゃん!」と、いつも思ってしまいます。

3幕でもレイリーのオネーギンの素敵さは変わらず。老け役も本当に素敵だ、、、。レイリーのオネーギンは、それほどやつれた感じや悲愴な感じはなく、それなりに人生を送ってきたけれども、結局のところ心を満たすものはなかったというような感じ。お疲れな感じがセクシーだったりもします。タチヤーナとグレーミン侯爵が踊る様子をオネーギンが見つめる場面。人々の間を縫い、柱に隠れ、タチヤーナに気づかれないようにしながら、下手から上手へと舞台をぐるりと移動します。人垣に見え隠れするオネーギンを姿を、思わず目で追いかけてしまいます。映画のようなシーンだなぁと思ってしまいました。たくさんのカメラで様々な視点から捉えたら面白いだろうな〜と。

そして、グレーミン侯爵が去るとラストのパ・ド・ドゥへ。狼狽えるタチヤーナと、扉の向こうで躊躇するオネーギン。映像だったら別カットになるところを、紗幕を用いることで同時進行で見せることができるのが、舞台の面白いところだな〜と。いや、決して映画を下に見ているわけではなく、違いが面白いな、と。音楽も盛り上がり、こちらもラストに向けて気持ちが高まります。そして、オネーギンが駆け込んできたところで一瞬の静寂。そこからは2人のせめぎ合う感情が饒舌に溢れ出す怒涛のパ・ド・ドゥに圧倒され、思わず身を固めて見入っていることに気が付きます。オネーギンの手紙を破るタチヤーナ。足元に取りすがるオネーギンに手を差し出しそうになるのをグッと堪えると、その手で扉を指さし、立ち去るようにと促すタチヤーナ。圧倒的な場面です。
もう、いい意味で戦いのようなパ・ド・ドゥでした。せめぎ合うタチヤーナとオネーギンの感情。そして、互いに引けを取らないヴィシニョーワとレイリーの個性。実際、あの場面はタチヤーナにとってもオネーギンにとっても戦いでもあるんだよな、と。タチヤーナは揺れる心との、オネーギンは人生との戦い。互いに対峙していながら、自らの内面とも向き合っている。そんなパ・ド・ドゥだなと思いました。しかし、タチヤーナにはグレーミン侯爵との人生があるけど、これを失ったらオネーギンの人生には一体何が残るんだろう、、、と。
幕切れ。両の手のひらのグッと胸の前で握りしめるタチヤーナ。顔をがむのも厭わず慟哭するダンサーが多いような気がするんですが、唇をギュッと閉じたヴィシニョーワのタチヤーナは、すべてを飲み込んだようでした。吐き出すよりも辛い、強い決意だったのかもしれません。
posted by uno at 10:03| Comment(0) | バレエ公演2018 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする