2010年06月29日

『うたかたの恋』(6/23)ちょこっと。

世間はとっくに『ロミジュリ』で盛り上がっていますが、私はやっと今日の最終日を見に行きます(まだ西宮がありますが)。初めて見る都さんのジュリエット。ただでさえ楽しみな上に、ロイヤルとの最後の公演ということで、ちょっとだけいつもと違う気分になっています。どんな公演になるんでしょう。

『ロミジュリ』の前に、先週の『うたかたの恋』の2日目の印象を書いておかなければな、と。初日に衝撃を受けてチケットを追加購入した『うたかたの恋』、2日目のキャストはヨハン・コボーとリャーン・ベンジャミンでした。
コボーのルドルフが、予想通りというかなんというか、やはりとてもマッドでした。アコスタのルドルフが、環境が彼を狂気に陥れたのだとしたら、コボーのルドルフは、環境が加速させたにせよ、狂気の種は彼の中に深く根付いていたのだと思わせるものがありました。アコスタの中に強く感じたのは、愛されなかった少年の心、他人に理解されない孤独。それ故、人間味があり、狩猟小屋での薫るような悲劇性もより高かったような気がします。しかも、相手が最後まで恋に恋するロホのマリーだったので、それは残酷で美しい、背筋が凍るのと同時にウットリするような場面でした。甲斐甲斐しくルドルフに寄りそうマリーの母性さえ、少女の憧れの産物でしかないようなロホのマリー。それは決して偽物というわけではなく、本人ですらそれが本物かどうかなんてわかっていなかったのではないか、と。モルヒネを打つルドルフを、舞台の中央で半身を起こして見つめるロホの、ウットリとした眼差しが忘れられません。

もちろん、コボーのルドルフが人間味がなかったというわけではなりません。ただ、心を蝕まれた人間が、ある一線を越えてしまってから、モンスターのようになっていくのが恐ろしかった。常人には理解し得ない、共感さえ許さない、向こう側へ行ってしまったようなコボーのルドルフ。そして、ある意味モンスターだったかもしれないのがリャーン・ベンジャミンのマリー・ヴェッツェラ。ロホほどの官能性はないにしろ、どこか暗い陰のあるベンジャミンのマリーは、良い意味で何を考えているのかわからない恐ろしさがありました。彼女は狂気に陥ってはいなかったけど、最初のパ・ド・ドゥからルドルフとの力関係は拮抗しているように見えました。初日は、ロホの柔らかな肉体と少女の官能が、ルドルフを支配していくように見えた。最後の狩猟小屋の場面でも、ルドルフの狂気に負けないくらい、暗い死の陰を背負っていたような気がします。
ロホほどのドカンという衝撃はないにしろ(私がロホ好きというのもあると思いますが)、ベンジャミンも踊り、演技ともに流石と思わせるものがありました。

あ〜、もっとコボーのルドルフのことを書きたかったんですけど、時間切れ(書く日は来るだろうか、、、)。そろそろ出かけます。
posted by uno at 14:49| Comment(0) | バレエ公演2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする